フィリピンで物件探し:低価格で資産価値の高い物件

土地や建物を探す為に、日本人経営の不動産に相談するのも良いのですが、かなり高額となります。

それは、クリアな土地(問題のない土地)である事、そして、土地購入者に届くまでに多くの仲介業者を介しているから高額となるのです。

低価格で資産価値の高い物件

低価格で資産価値の高い物件は、何か問題がある事が多いのです。

フィリピンには、立地条件の良い場所であっても手がつけられていない土地が数多く存在しています。

例えば、ビルが立ち並ぶ街中にぽっつんと空いている土地が存在しています。それらは問題のある土地である事が多いのです。

借金の担保になっている土地。

土地の権利を主張し裁判になっている土地。

土地の所有者がすでに何十年も前に亡くなり、家族何代にもわたり相続され土地所有者が何十人にもなる土地。

そして、誰が土地所有者であるさえもわからなくなっている土地もあります。

また、土地権利書さえない土地も数多く存在しています。

特に田舎に行けば権利書のない土地が大半を占めています。どうして土地権利書がない土地が存在するのかというのは、土地の権利書というシステムができたのは、日本でも有名なマルコス大統領が政権を握ってからです。

フィリピンでは、土地権利書のシステムができて、まだ50年ほどしか経っていないのです。

権利書のない土地は、土地の納税証明の名義(タックスクリアランスの名義)で土地所有者であることが証明されます。

 

まずは、購入したい土地の権利書について調査します。

クリアな土地であるのか?

クリアでない土地(問題のある土地)であっても、その問題が解決できるのか?できないのかを選別します。

問題が解決できる土地については、問題を解決すれば良いのです。クリアな土地にすれば良いのです。

 

土地をクリアにするとは、どういうことなのか? 

例えば、借金の抵当に入り裁判所で差し押さえになった土地を低価で手に入れたければ裁判所のオークションを探します。そのためには、フィリピンローカル新聞のオークション記事(裁判所差し押さえ物件)から情報を入手します。新聞には土地のオークション日程や、最低落札価格が記載されています。

土地の所有者がわからなくなっている土地は、家系図から所有者を割り出すことができます。

代々遺産相続税を払っていない土地は、相続税や手続き費用を土地権利人に立て替えてて支払い、相続手続きをします。立て替えて支払った費用は、土地購入費より差し引けばいいのです。

土地権利書のない土地は、土地権利書を作成します。測量士に土地の測量図の作成を依頼し、それをDNER(フィリピン政府期間である環境省)にて権利書作成の手続きをします。

 

仲介業者からクリアな土地(問題のない土地)を購入する資金を考えれば何十分の一の価格で土地を手に入れる事ができる場合があります。

時間も手間もかかることではあります。しかしながら、フィリピンには時間と手間に時間を費やすことができるマンパワーが豊富なのです。

 

大切な事は、フィリピン人と外国人がお互いに信頼できる関係にあるかということだけです。

 

次は、フィリピンで物件を探す方法について述べます。

 

 

フィリピンで土地を購入する方法

フィリピンの土地は、私達外国人は購入できません。したがって、フィリピンで土地を購入する場合、信頼できるフィリピン人パートナーは必須です。

フィリピン人配偶者と共に土地を購入する

フィリピン人の配偶者を持つ外国人であれば、土地はフィリピン人パートナーの名義で建物は外国人名義で購入をしているケースが多いのではないでしょうか?

この場合は、フィリピン人配偶者との婚姻関係が破綻した場合や、フィリピン人配偶者が死亡した場合等には問題が出てくる可能性があります。

私達外国人が土地を購入する場合、将来的に配偶者や子供達に土地を捧げる気持ちで購入した方が良いのではないかと思います。

 

フィリピン人妻と共に土地を購入し、妻の死去後に土地権利を争う裁判となってしまった日本人夫のお話です→ フィリピンビジネス光と闇!!! 落とし穴に落ちた日本人

 

会社で土地を購入

会社名義で土地を購入する方法もあります。

しかしながら、私は自己経験から会社名義で土地を購入する事はお勧めできません。

何故ならば、地域や職種によって違いがありますが、外国人が保持する会社の株の配当は、0%から40%です。

ここフィリピンでは、株主であるフィリピン人による会社乗っ取り、もしくは、株主フィリピン人を利用して同胞による会社乗っ取りが、合法的に容易くできる状況があるからです。また、そういう事例も多いからです。

さらに、会社名義で土地を購入した場合土地権利書の名義変更の手続きが相当困難であり、相当の時間と手間が掛かります。

会社名義で土地を購入し、失敗した事例をご紹介します。

2014年、私達は、メイン道路沿いで海沿いでもある2ヘクタールの土地の購入を試みた事がありました。

その土地は、シンガポール人が経営していた会社名義の土地でした。

土地を購入する場合の売却契約書には、最低でも株主の過半数と合計60%の株主の署名は必須です。

しかしながら、私達が購入を試みた土地を保持する会社は既に運営を停止し40%の株を保持するシンガーポール人は国外に出て行方不明となっていました。さらに、数人のフィリピン人株主の行方も不明となっていました。

したがって、60%以上の株主の署名を得る事ができないこの土地の売却は不可能でありました。最高の立地条件でありながら、今だに荒地となっています。

会社名義で土地を購入した場合、将来的に、会社経営状況、政情、株主間の決裂等による問題が出くる可能性があるかと考えます。

 

フィリピン人ビジネスパートナーと土地を購入

別の方法として、フィリピン人ビジネスパートナーと土地を購入する方法もあります。この場合は、大抵は外国人と土地名義のフィリピン人との間で長期の賃貸契約を結んでいる事が多いのではないでしょうか?

地域によって相違があるかも知れませんが、私の住むセブ州では、個人の土地の賃貸契約は25年まで、営業目的では50年までの賃貸契約が可能です。

もしくは、土地名義人と外国人との間で土地を担保とした借金契約を結ぶ方法もあります。ビジネスパートナーとの関係が悪化してしまった場合に、フィリピン人同士であれば担保として土地を得ることができます。しかし、外国人は土地名義人となる事はできません。したがって、信頼関係のある別のフィリピン人パートナーへ土地売却契約を行います。

 

フィリピンで土地を購入するのも、建物を立てるのも、ビジネスを展開するのも、全ては、フィリピン人と外国人との信頼関係にかかっていると言っても過言ではないでしょう。

 

感情の国フィリピン。

フィリピンという国、そして、フィリピン人を信頼し愛すること。お互いに尊敬し合う心が一番の問題解決なのかも知れませんね。

 

次に、フィリピンで土地を探す方法について述べます。

 

 

フィリピンで建設:パッキャオ式建設法

フィリピンの建設作業員

2012年から、私はフィリピンで3件、私の個人の海辺のゲストハウスの建設を含めると4件の建物の建設をしてきました。

私は建築家でもないのですが、なぜか、建設ばかりをする羽目になってしまいました。

それは、どうでもいいのですが、、、

なんと言いましょいうか?フィリピンの建設作業員達は、だらだらと仕事しているように見受けられました。また、休憩時間の多いこと。フィリピンの建設が遅れる訳です。

それには、理由があります。

仕事を得るのが難しいフィリピンでは、どうにか仕事を長期間続けたいのです。そのため、皆ゆっくりと時間をかけて仕事をします。仕事のある間は日給を得ることができるからです。それは家族を守るためでもあります。

地域のマンパワーを使った建設

フィリピンに巨大新学校を建設する。2016年、私達は1、2ヘクタール(約3500坪)の土地を購入し学校建設に取り組みました。

まずは、不法侵入者を防止する為、そして、開校後の学生の安全の為に土地を高い塀で囲むことから開始しました。

購入した土地に塀を作るにも許可証が必要です。フェンシングパーミットです。全ての工事は許可を得て始まります。塀の工事は、地元トラシクル、トラシカル(自転車にサイドーカーがついたもの)ドライバーたちを集めました。

塀を作る工事自体は単純作業です。

しかし、多くのマンパワーが必要です。

マンパワー豊富なフィリピンでは人を集めるのは難しいことではありません。

フィリピン人にとって、仕事が得られると言う事は最大の喜びです。

そして、地元との交流を深めることもできます。

こんなに、一石二丁なことはありません。

 

町の市長も建設作業員雇用を助けて頂きました。市長の名で作業員を集めるのです。

100人以上の住民に仕事を与えたことは市長の株も上がります。そしてその株は市長選に多く貢献するでしょう。

私達 、地元住民、市長すべてに有利に働くのです。

WINーWIN関係ができます。

パッキャオ式建設法

学校を取り囲む塀の建設には、パッキャオスタイルを適応しました。

パッキャオというのは、世界的に有名なフィリピンを代表するプロボクサーです。

彼は、ボクシング選手以外に政治家としても活躍しています。そして多くのビジネスを持ちマニラを中心にビルも多く建設しています。

その建築に関して彼は独自の方法を取っています。

日本でもそうですが、労働法によって最低賃金の規定があります。

それは、地域によって相違があるのですが、私達の学校が位置する、セブ州ではその当時の労働法に定められた最低賃金の日給は約350ペソ(役770円/ 8時間)でした。

パキャオスタイルというのは、日給計算しない出来高計算で給与を支払います。

仕事を得るのが難しいフィリピンでは、どうにか仕事を長期間続けたいのです。そのため、皆ゆっくりと時間をかけて仕事をします。

仕事のある間は日給を得ることができるからです。

それは家族を守るためでもあるのです。

 

パッキャオスタイルというのは、ゴールを決めます。

ここまでの仕事でOO円の収入というゴールを設定します。

 

学校を取り囲む塀には1メートル間隔で支柱を立てます。支柱から支柱の1区間を仕上げれば5000ペソ(1万2千円)という給与形態にします。

そして5人くらいでグループを作り各グループにリーダーを置きます。

早く多く仕上げたグループの収入は必然的に多くなるのです。

グループ同士の競争心理が働くのです。

時間に縛られることもなくダラダラ働くこともありません。

 

時間はお金になるからです。

 

もちろん、私達の配下の作業員たちが作業の監視をします。

材料は私達より準備するのでごまかしようがありません。

そして、ビックリするようなくらい早く建設が進むのです。

 

感情の国フィリピン

雇用するフォリピン人の状況や心理を読む事、考える事は大切な事ですね。

 

フィリピンで建設:厳しいフィリピン環境省(DENR)

〜殺されたフィリピン保護命令下のモラビの木とNBI捜査〜

学校の校庭の真ん中に存在していた大きなモラビの木は樹齢100年以上ではないかと想像できる大きく立派な木でした。きっと、生きていたら子供達の憩いの場になったでしょう。

厳しいフィリピン環境省(DENR)

2012年から、私はフィリピンで3件、私の個人の海辺のゲストハウスの建設を含めると4件の建物の建設をしてきました。

フィリピンで建物を建設するにあたり、まずは、設計士が作成した建設図面にしたがって建設許可証を取得します。この建設許可証についても、多くの監査があり困難なものですが、建設許可証(ビルディングパーミット)については、また後日述べます。

建設許可証と同時に2016年から規制強化された環境省の許可証の取得は必須です。

2016年、私は当時経営していた語学学校の海辺の学生寮建設と、別件で1、2ヘクタールの土地を購入し4階建学校建設を開始しました。

建設を始めるにあたり、建設許可証、環境許可証を取得します。

海辺の学生寮のフィリピン環境省(DENR)許可証

ドテルテ氏が大統領に就任した2016年に環境省の認可が厳しくなりました。(以前から認可が存在していたのかは不明です)

環境省認可取得のために、フィリピン環境省による監査があります。

環境省(DENR)は、フィリピンの環境破壊を防止し環境を守る役割の組織らしいです。

監査では、海辺の学生寮建設に対して、海辺の植樹等の指導がありました。また、海辺に建物を建設するに当たっては、海辺より10M離れた土地に建物を建設しなくてはいけません。DENRの指導に基づいて工事が開始されました。

海を使用したビジネスであれば、別の環境省認可申請も必要となってきます。

当時、私が経営していたのは語学学校でしたので、海を使用してのビジネスではありませんでした。しかし、私達の学校前の海は、私の友人であるダイビングショップへ海の使用を許可していました。

その事によりフィリピン環境省認可の海を使うビジネス許可の取得がなければ許可証の発行はできないとの指導があり、ダイビングショップへ海の使用ができない事を伝え申し訳なかったのですが、そのダイビングショップに去って頂きました。

2016年、フィリピン環境省認可規定が強化された事にて営業に支障をきたしたダイビングショップが多くあったのではないでしょうか?

1、2ヘクタールの土地の学校建設への環境省認可証

2014年から2015年にかけて、私達は1、2ヘクタールの土地を購入し、学校建設を計画しました。

建設工事をはじめる為には、フィリピン環境省の認可は必須です。申請後すぐに、環境省の監査がありました。

1、2ヘクタールの土地の中には何本かのモラビと言う名のフィリピンで保護されている大きな木がありました。

2016年、フィリピン環境省の監査にて、7本のモラビの木の保護命令が出され、無事にフィリピン環境省認可を受けました。

ところが、ある事件に巻き込まれ私達は、約1年間以上の間、私達の建設中の学校から離れていました。そして、2018年9月に学校に戻ると環境省から保護命令が’出ていた7本のモラビの木は見事に伐採され一部は燃やされていました。

特に学校の校庭の真ん中に存在していた大きなモラビの木は樹齢100年以上ではないかと想像できる大きく立派な木でした。きっと生きていたら子供達の憩いの場になったでしょう。

私達はすぐにフィリピン環境省に報告し環境省とNBI という警察組織による捜査が開始されました。

フィリピン環境省 (DENR) とは、

余談となりますが、環境省(DENR)は、フィリピンの環境破壊を防止し環境を守る役割の組織らしいです。

フィリピンには、第2次世界大戦時に日本軍人が金貨を埋めたという黄金伝説が存在します。そして、それを発掘しようとフィリピン各地を金貨発掘の為に掘る人が後を絶えません。

あの激戦時代に日本軍人が金貨を埋める余裕なんてないだろうと日本人なら普通考えるでしょう。

しかしながら、日本人がフィリピン人を雇い金貨発掘の為に穴を掘ったとして、フィリピンDENRよりフィリピン警察組織NBIに逮捕された事件も数件あります。

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また、2016年、フィリピン最大の観光地ボラカイ島は環境保護目的にて、このフィリピン環境省 DENR によって半年以上に渡って閉鎖に追い込まれました。

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フィリピン政府機関である環境省(DENR)は、政治もNBIをも動かせる程の大きな力を持っています。

NBIとは、アメリカのFBIと同じような組織形態であり、裁判所命令がなくても逮捕権を有する警察組織です。

 

私はドテルテ派の政治家である友人に招かれたパーティにて、ドテルテ大統領配下のフィリピン環境省のトップとボラカイ島閉鎖の弁護団と時間を共にする機会がありました。

フィリピン人によると、凄いVPIらしいのですが、、、日本人の私には、正直よく解らなかったです。ただ、フィリピン最大のリゾートであるボラカイ島閉鎖に当たっての彼らの話の凄まじさに圧倒させられました。

まるで、映画の中の世界のようでした。

これもまた、TIP “This is Philippines “でした。

 

殺されてしまった7本のモラビの木

話は、私達の1、2ヘクタールの土地のフィリピン保護下モラビの木の不法伐採捜査に戻します。

NBI (警察機関)より、私達への事情聴取および学校近くの住人や、学校工事関係者への聞き込み捜査が行われました。捜査の結果、私達によって保護命令下の7本のモラビの木が伐採されたのではないと言う事は証明されました。しかしながら、土地の権利者である私達の管理不足として、多額なペナルティーをフィリピン環境省に支払う羽目となりました。

現在、7本のモラビの木を伐採した人物と、それを指示した人物には、NBIのメスが入っています。

フィリピンで建設をするにあたり、フィリピンの環境保護をするDENRの認可や指示は遵守しなくてはなりません。

フィリピンで土地を購入、建設またはビジネスを展開する場合、フィリピンの法律を周知し遵守する事は必須です。

その為には、フィリピンの法律を勉強する事、もしくはフィリピンの法律を周知した現地弁護士と良好な関係を持つ事は重要です。

でなければ、大穴を掘っちゃた。木を切っちゃた。で、逮捕されちゃう事になってしまいます。

 

 

(殺されたモラビの木)

 

 

 

フィリピンで建設 (消防署認可省:ファイアーパーミット)

フィリピンで学校建設中。

消防署認可に奮闘 “なんでやねん” って事が多すぎ。

フィリピンで建物を建設するには、まずは設計士に設計図作成を依頼します。そして、設計図に基づいてビルディングパーミット(建設許許可書)を取得し、工事が始まります。

それと、同時にフィリピン環境省DENRの許可書を取得します。DENR(環境省)の許可書につきましては、以前に私が経営していた学校も含め私は3件の学校建設をしてきましたが、制約が厳しく困難を要しました。DENRの許可証については、別の記事で述べます。

建設許可書およびDENR許可書を取得した後に建設工事が開始されます。

建設が終了すると次に、建物使用許可書(オキュファンシーパーミット)を申請します。

また、それと同時に建物対する消防許可書を申請します。

建物使用許可書(オキュファンシーパーミット)に関しては、建物のある市の建設課(エンジニアリングオフィス)の監査を経て建物使用認可証が発行されます。同時期に、市の消防署の監査を経て建物に対しての消防許可書が発行されます。

消防許可証のモヤモヤ

現在までに、私達が建設した3件の建物の全てに消防許可書についてのモヤモヤが多すぎです。

当時、私が経営していた語学学校に2013年に建設した学生寮や学校施設に関して、私が経営していた5年間で100本以上の消化器を購入した事でしょう。

消防署の監査の度に、何十本もの消化器の購入を指示されます。消化器なんて、1年に2回の消防訓練に1−2本くらい使用するだけであって、火事がない限り使う事はないでしょう。今でも、私が経営していた語学学校の倉庫の中には100本ほどの消化器が眠っていることでしょう。

現在、私の4階建の学校建設も、やっと工事が完了し、建物許可書と消防許可書の申請へと進んで行きました。

 

建物許使用認可(オキュファンシーパーミット)の監査は無事に完了、あとは認可証の発行を待つのみの状態で、消防署の監査がありました。

今回の建設では施設が大きい事もあり、例の如く50本以上の消化器を購入し見事に消防認可監査は終了しました。あとは、認可証発行を待つのみ。

 

のはずが、、、、

消防署からの連絡がありました。

消防署長が変わったので規則も変わるので、再度監査が必要であると。

新たな消防署長と消防職員達による監査が行われました。

監査にて、すべての階に2台づつの消防ホースの設置と建物全体に放水菅そして、放水のための水を貯めておく3台のタンクと放水の勢いのためのモーター設置の指示が出ました。

大工事となってしまいます。莫大な工事追加料金が必要となります。

学校建物です、学校建物の中にはキッチンや火を使う施設はありません。学生食堂は別建物で、そこには消防設備はすでに整っています。

”前消防所長さんの監査では、火を使わない学校建物なので消化器の設置だけで許可が下りると言われました”

と訴えても通りません。

 

TIPという言葉をご存知でしょうか?

“THIS IS PHILIPPINES ” の略 TIP です。

そうなんです。フィリピンでは、大統領が変わればルールも変わる。市長が変わっても、消防局長が変わってもルールは変わるのです。

またもや、TIP です。

新消防署長の監査より約2ヶ月、、、やっとすべての配管工事が完了、消防許可書が発行されました。

予定通りに行かないフィリピンの認可証、だからフィリピンの工事は遅れる訳です。

次は、フィリピン建設の認可証。2016年より認可基準が強化されたフィリピン環境省(DENR)の認可について記載させていただきます。

 

 

刑事告訴取り下げ及び事件に関連したブログ等の消去のご報告

2018年9月、地検に起訴された事件につきまして、山中博氏との和解が成立し、山中博氏及び松井元輝氏、土原裕人氏の刑事告訴及び国際指名手配の取り下げを行った事を報告いたします。

 

事件の告訴状が地検に受理されてから、私、佐々木綾子は事件に関してのブログを公開いたしました。その事により、皆様方に、ご心配をお掛けいたしました事、謹んでお詫び申し上げます。また、皆様方から頂いた多くの励ましのお言葉に計り知れない程の勇気をいただきました。改めて御礼申し上げます。

 

皆様の中には、“正義を追求して闘い続けるべきである” というお叱りのお言葉が多くあるかと思います。しかしながら、容疑者の追跡と裁判を続ける事に、経済的に限界でした。

 

また、私達には夢があります。生活もあります。そして、その夢に向かって私と一緒に走ってくれている人達や息子がいます。守るべき人達に、争いが長引く事にての負担をこれ以上掛けたくありませんでした。

 

夢を諦めこれからの生活を罪を裁く為に闘って行くのか?

選択が迫られました。

 

私は、夢に向かって進む事を決断しました。

それは、経済的な理由が全てです。

 

失った資産の十分の一も返却されませんでした。

悔しくて悔しくてたまらないけれど、、、

少しでも返ってきた方がゼロよりマシ。前に進む為には資金が必要。というのが本音です。

 

ただ、私は、この事件を経験したことによって、失った資産なんかよりも、もっともっと大きな宝物を手に入れる事ができました。

 

宝物は、小さな私の周りのシンプルな世界にありました。

 

伝えたい事は多くありますが、和解に合意した以上、事件ついて語る事は控えさせていただきます。

 

和解合意書のみを公開いたします。皆様のご解釈にてご理解していただけると幸いです。

 

和解合意書(公的文書)

 

ご関係者各位

2019年8月1日

 

佐々木綾子と山中博氏との一連の紛争につきまして

恐喝(脅迫)による個人資金略奪事件及び、BAYSIDE ENGLISH CEBU経営権移に関連した詐欺事件に関しまして、佐々木綾子は、和解合意書の内容に基づいて、山中博氏、松井元輝氏、土原裕人氏の刑事事件裁判、国際指名手配(RED NOTICE)、イミグレーション逮捕状(Immigration Lookout Bulletin Order)の取り下げに合意した事をご報告いたします。(告訴、指名手配、逮捕状の取り下げ手続きは山中博氏の弁護士により施行されます)

これらの事件に関しまして、山中博氏、松井元輝氏、土原裕人氏は、フィリピンおよび日本にて罪を問われる事は一切ありません。また、佐々木綾子、山中博氏と他2名の間に、今後、お互いに誹謗中傷および紛争は一切ありません。

関係者の皆様には多大なるご迷惑とご心配をおかけしたことを改めて深くお詫び申し上げます。

以上

佐々木綾子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリピンで政府教育省認定インターナショナルスクールを創立する 2:図々しくも露骨にビジネスオファー

フィリピンで政府認定学校を創立する

2014年より掲げた私達の夢。

現地フィリピン人の子供達、そしてフィリピンに在住する外国人のためのインナーナショナルスクール創立。

ここフィリピンでの殆ど政府教育省認定学校(幼稚園から高校の一貫校 : K12)は、教会(神父)や政治家によって創立させています。

私が、フィリピン政府認定学校の創立を計画した2015年当時、弁護士や多くの人が言いました。

”政府認定学校なんて儲からないですよ。ビジネスになりませんよ。政府認定学校はフィリピン人がフィリピンでの名声の為に創立するのですよ”

フィリピン政府認定学校を創立するために、まずは会社設立をします。フィリピン政府認定学校(幼稚園から高校の一貫校)は、“Non-Profit ,Non-Stock Corporation” なのです。即ち、非営利会社です。

ボランティア団体でもなく、フィリピンの政治家でも宗教家でもないのに莫大な投資をして非営利会社を設立させる事の価値に疑問に思う人が多かったのです。

当時、私は日本人、韓国人、台湾人を始めととした外国人の為の英語語学学校を経営していました。外国人からのインターナショナルマネーが得られる語学学校は、非営利会社であるフィリピン政府認可学校よりも断然にビジネス的に魅力らしいのです。

ビジネスマンではない私には、その魅力はよくわかりませんが、、、語学学校を経営していた当時、私は職員を含む私たちの生活や社会保証は、外国人からのインターナショナルマネー収入がある語学学校で十分に補われてました。従って、例えフィリピン政府認可学校が非営利会社であったとしても、語学学校等のビジネスと併用させる事で十分にビジネスは成り立つと考えたのです。

フィリピン教育省認可学校には、名声や利害ではなく将来の子供達の夢と希望のみを詰め込める事ができるのです。

私達の夢の学校 ”BAYSIDE GLOBAl SCHOOL”

2015年、私達は、優秀なフィリピン人達と共にフィリピン政府認定学校創立に向けて走り始めました。

フィリピン教育省認定学校(幼稚園から高校)は、土地や建物を賃貸でも開校する事ができる外国人ターゲットの語学学校とは違います。何十年も数百年の将来を見据えて創立しなっければいけません。何故ならば、学校は将来の子供達の母校となるのです。

2014年、学校の土地探しから始め2年間の年月をかけて政府認定学校創立のための土地を購入、BAYSIDE GLOBAL SCHOOL、INC という会社を設立し学校施設の建設とフィリピン政府教育省(DepED)認定校の認定へと走って行きました。

走り続けた2016年:フィリピンで土地を買う

走り続けた2016年:フィリピンで建設をする

走り続けた2016年:フピン教育省認定学校を設立する。

 

コルドバという街

私たちの夢の学校は、フィリピン・セブ州のマクタン島のコルドバという小さな町にあります。

マクタン島は、セブの中心街近くの小さな島であります。マクタン島にはセブ国際空港があり、セブとマクタン島は、現在2本の橋で結ばれているます。そして、セブ中心街とマクタン島を結ぶ3本目の橋をかける工事が現在着工されています。フィリピン第2の首都セブの中心街とマクタン島を結ぶ第3の橋が掛かる町が私たちの学校が位置するコルドバです。

現在、南国の島セブにはアメリカを始め、韓国、中国、日本と多くの外資系の企業が参入してきています。主流の外資系企業は、第2言語が英語であるフィリピン人職員を雇用したコールセンター、IT系企業、英語語学学校等です。フィリピンセブ市街では、多くのビジネスビルの建設ラッシュ、急速な地価の高騰、まるで日本のバブル時代のようです。著しく経済成長をしてます。

2016年度の統計では、フィリピンのGDP成長率は6.9% 世界で最も経済成長している国なのです。↓

The 20 best countries around the world to invest in now

 

2014年、私達のフィリピン政府教育省認定学校創立の夢について、弁護士であり政治家である私達の“親友の彼”と語り合った事が学校創立計画の始まりでありました。

彼と共に、夢を現実にする為の構想を練ったのです。そして、学校開校の為の巨大の土地購入に関しても彼の助けが無ければ不可能だったでしょう。それはコルドバに第3の橋計画が公表される前でした。

現在、フィリピン第2の首都セブの繁華街とコルドバを結ぶ橋の工事が着工され、何もない町コルドバは、セブに働くビジネスマン達のベットタウンとして、住宅地やコンドミニアム、そして巨大モールの建設があちらこちらで進められてます。

そうなのです。コルドバは、フィリピン第2の首都セブのベットタウンの町となるのです。子供達の為の学校は必須です。

私達と一緒に学校開校の夢に走ってくれた弁護士で政治家の ”親友の彼” の名前と顔は学校創立の夢が叶った際に、私達の学校のCEOとして公開するでしょう。

フィリピン政府教育省(DepED)認可学校の構想

会社役員構成

2015年、私達の夢の学校 “BAYSIDE GLOBAL SCHOOL,INC”  という名の “Non-Profit ,Non-Stock Corporation” を設立させました。会社は一人では設立できません。最低でも5人の役員メンバーが必要です。

役員メンバーには、学校創立の私達の夢を一緒に走ってきた弁護士であり政治家である “親友の彼” と、私が語学学校を経営していた際からの友人弁護士そして、彼もまた政治家を含め、BAYSIDE GLOBAL SCHOOL,INCは設立されました。

多くのフィリピン在住日本人は言います。“フィリピンで一番信用できないのは、弁護士と政治家そして役人である”

それは一理有るでしょう。古くから汚職にどっぷりと漬かった政治家、弁護士も多くいるでしょう。

しかしながら、現在、フィリピンは急速な経済発展と伴って政治や司法共に大きく変動しています。

富裕層のフィリピン人達は彼らの子供達を若いうちから北欧や欧米等の先進国に留学させます。先進国で学んだ若い彼らは、フィリピンの政治、司法を変えるために政治家、弁護士となります。また、2016年にフィリピン大統領に就任したドテルテ氏により腐敗した政治や司法に大きくメスが入れられています。そして、貧困層であっても意欲と能力のある若者への教育制度(スカラーシップ制度)が国をあげて整備させています。

その反面、汚職や麻薬に関連した犯罪に対しては法的殺人と呼ばれる暗殺も行われてます。

現在のフィリピンは急速な経済成長に伴って、激動の中に政治や司法があるように感じます。

そんな中で、自国フィリピンを変えようと大志を抱き勉強し続けている若者が多く存在するのです。大志を持った若い弁護士や政治家に、私は日本の激動幕末の有志を見ているように感じるのです。

日本の老害政治家の報道を見るより、フィリピンの若い弁護士や若い政治家達の大志に惹かれるのです。

私達の学校役員二人の若い弁護士のひとりは貧困層出身です。彼は国のスカラーシップ制度で大学まで進み、そして、弁護士、政治家までと登ってきたのです。もうひとりの弁護士は、富裕層出身です。彼は16才でアメリカに渡りアメリカの大学にて法律を勉強をし弁護事務所で働きました。そして、フィリピンに帰国した彼は弁護士として父親の法律事務所を引き継ぎ、そして政治家となったのです。

ここ激動のフィリピンには、大志を抱いた若者がうじゃうじゃいるのです。面白くて面白くてたまりません。

学校役員に政治家を入れるには、もう一つの理由があります。それは、学校には地域の人たちが集まります。即ち、選挙の票が集まるのです。

学校は役員であり政治家、弁護士によって法律に殉じた整備によって守られます。また、彼らが学校の役員であることによって票が集まるのです。学校と彼らの間には、WINーWIN関係が成り立つのです。

警戒心の強い日本人は言うでしょう。“乗っ取られたらどうするの?ご心配無用です。乗っ取り防止の法的対処もしっかり取っています。

学校カリキュラム

2015年から2016年にかけて、私達は他校のフィリピン教育省認可学校の教授および教育省の天下りの方々とカリキュラム作成チームを作りました。カリキュラムは基本的にはフィリピン教育省規定に基づき作成されます。また。インターナショナル学校の特色として、全ての授業は、もちろん英語で行われます。それ以外に学校特色を出すカリキュラムを導入しなくてはなりませんでした。そのカリキュラムに、私達は小学校高学年より日本語カリキュラムの導入を決定しました。カリキュラムの詳しい内容については、私は教育者ではありませんので専門的な事はわかりません。カリキュラムは、プロの教育者達によって作られました。

学費

フィリピンの私立学校の平均的な学校の学費は、1年間で5万ペソから10マンペソ(10万円から20万円)です。フィリピン人の一般階級の子供達のほとんどは、国立の学校に通っています。国立学校の学費は国の全額負担であり学生は学費を支払わなくてもいいのです。少し裕福な家庭の子供達は私立学校に子供達を通わせます。学費は年間2万〜5万ペソ(4万円から10万円)特に英語で全ての授業が行われるインターナショナル学校の有名校の学費は年間10万ペソ前後(年間約20万円前後)でしょう。ここセブでは、サンカルロス、アテネオと言う現地富裕層にとっての有名校があります。セブに住むビジネスマン、弁護士、政治家等の富裕層のご子息のほとんどが、サンカルロスもしくはアテネオに通っていると言っても過言ではありません。

私の息子も2年前に日本に帰国するまで、有名私立学校アテネオに通っていました。授業料は年間10万ペソ程度です(約20万円)

そうなのです。フィリピンの有名学校の年間授業費は、外国人が通う語学学校の1ヶ月分の授業費にも満たない程度なのです。

私達の夢の学校は、フィリピン有名学校と同レベル、もしくはそれ以上の学費を設定していました。年間、約10万ペソ以上です(年間約20万円以上)

一般階級や貧困層には手が届かない学費設定です。そして、学費に見合う経験のある講師軍と学校設備を整えるのです。

また、学校の学力向上のために国や地域行政のスカラーシップ制度を申請するのです。スカラーシップ制度規定の低収入家庭のスカラーシップ学生を受け入れるのです。100人以上のスカラーシップ学生を受け入れるのです(申請するスカラーシップ制度によりスカラーシップ学生受け入れ割合が設定させています) 国や地域行政のスカラーシップ制度には色々な種類の制度があります。私達の申請していた制度は、学費や教材費、制服代等の費用を学校と国や地域が折半して支払いスカラーシップ学生の費用は全てが免除となると言う制度です。

私達の学校が開校できた際に公表する私達の学校CEOであり、弁護士そして政治家である ”親友の彼” が歩んできた道でもあるのです。

ただ、スカラーシップ学生にはシビヤな面もあります。成績が落ちた時点で退学となります。スカラーシップ学生は努力し続けなければ勝者にはなれないのです。

多くのフィリピン私立学校ではこのスカラーシップ制度が導入さえれています。ただ、ほとんどの学校では、スカラーシップ学生の教室と一般学生の教室を分けています。

私達が客観的に見ても、スカラーシップ学生と裕福層の学生はすぐに見分ける事ができます。それは、服装や持ち物、体格で見分けられる事ができます。裕福層の子供達は、しっかりアイロンのかけられた制服に髪の毛は整えられ大概太っています。そして、常にアテと呼ばれる子守が同行しています。スカラーシップ学生は、シワシワの制服に靴はボロボロもしくは、靴が買えなくスリッパを履いている学生もいます。また、ほとんどのスカラーシップ学生は痩せています。スカラーシップ学生と一般学生の教室を分ける意図には、子供間での差別を避けるためもあるかも知れません。

私達の夢の学校では、スカラーシップクラスを作らないのです。一般学生の中にスカラーシップ学生を入れるのです。フィリピンの学校では、常に上位の成績は公開されます。貧困層出身のスカラーシップ学生は、成績面で優越感を感じるのです。プライドのある富裕層学生は、貧困層のスカラーシップ学生に負けたくないと思うでしょう。双方に刺激しあうのです。差別もあるでしょう。差別に負け成績が落ちたら必然的にスカラーシップ学生は学校を去らなければいけません。残るのは勝者だけです。そこで勝者となった子供達は、これからの人生の勝者となるでしょう。

私達の学校のCEOとなる “親友の彼” が歩んできた道です。彼が子供達に道しるべを示してくれるでしょう。

子供達の学習意欲の向上と学校の学力レベルの向上。ここにもWINーWIN関係が成り立つのです。

フィリピン政府教育省認可学校に語学学校を併設

2012年より私は、日本人、韓国人、台湾人などの外国人のための語学学校として二つのキャンパスを経営していました。

その語学学校の第3のキャンパスを、フィリピン政府教育省(DepED)認可学校内BAYSIDE GLOBAL SCHOOL に併設させる計画をしていました。

語学学校では、日本、韓国、台湾等の各国からの英語語学留学の受け入れだけではなく、フォリピン政府教育省認定学校(幼稚園から高校一貫校)に入学する外国人学生のための受験対策の英語学習、外国人在学生の英語補助学習、全てのための教科学習(数学、化学、タガログ語等) 語学学校だけではなく学校内に併設するアカデミー(塾)としての役割の学校として開校させるのです。

日本の学校教育は素晴らしいです。しかし、いじめや不登校、学生の自殺等のストレスに関連した問題も多くあります。日本に適応できなかった子供達にとっての学習の場は日本だけではないのです。現に、私の息子も秩序ある日本の学校に適応できませんでした。現在、ここセブ島のインターナショナルスクールで彼は生き生きとしています。

2015年時点の学校計画図

ここまでは、2016年までの、私達が掲げフィリピン政府機関、教育省(DepED)認可学校の構想でした。

 

しかしながら、2015年に抱いた私達の夢は閉ざされてしまったのです。

 

一時は、私達の夢の学校の土地も施設も売却し夢を諦めようか考えたこともありました。

しかし、夢が無ければ今後の人生は面白くないでしょう。

現在の私には、ビジネスも無ければ十分な資金もありません。

しかしながら、私には、ここフィリピン・セブに多くの優秀なフィリピン人マンパワーを持っています。仲間がいます。そしてコネクションもあります。私のたった一人の家族である息子もフィリピンで暮らすことを決めました。

私達はもう一度、夢のフィリピン政府教育省認定学校創立の夢に走る事を決めたのです。↓ ↓ ↓

再起を賭けてフィリピンで政府認定学校を創立する。

 

夢のフィリピン政府教育省認可学校はいつ開校するのか?

私達の夢のフィリピン政府教育省認定学校創立の夢の再建を決定したのは、つい最近、もう2019年に入っていました。

フィリピンの政府認可学校(幼稚園から高校までの一貫教育学校 K12)は、6月に新学期が開始されます。(2019年よりフィリピン政府より新学期の開始が6月より7月への変更されました。しかし、まだほとんどの学校は旧体制である6月の新学期スタートであります)

そして、フィリピン政府教育省の学校創立の申請期限は、創立前年の8月までなのです。この時点で2019年、6月もしくは7月での開校は不可能でありました。

現在、私達は車や土地、家などの資産を売却し、学校規模を縮小し建設を進めていました。学校建設はあと数ヶ月もすれば完成するでしょう。

しかしながら、学校開校まで1年半先になってしまうのです。人件費等のコストも余計に掛ってしまいます。

2019年6月もしくは7月に学校を開校させるためには、他の学校の買収もしくは、他校有名校の姉妹校もしくは支店としての開校しか道はないのです。

私達は、どうにか2019年開校のための手段を尽くしました。

フィリピンセブの政府教育省認定インターナショナル学校の多くの経営者達との商談をして行きました。

一時は商談がまとまりそうにもなりました。しかしながら、時間にも資金にも限りがありました。そして、有名校の姉妹校としての開校には私達の夢とはかけ離れたものだったのです。また、学生募集までの時間も限られているのです。

そして、2019年開校は不可能だという決断に至ったのです。

 

私達には、2015年の設立したBAYSIDE GLOBAL SCHOOLも、当時に教育の専門家達によって作成されたカリキュラムも持っています。

BAYSIDEという名には多くの私達の思い出と愛が詰まっています。しかし、もう過去の思い出や失ってしまったものに執着するのは辞めました。

私達は、新たな学校を創立するのです。新たなカリキュラムを作り直すのです。

そして、新たな会社設立をしたのです。

私達の夢の学校の名前は、

” WORLD BRIDGE INTERNATIONAL SCHOOL”  

フィリピン・セブ州コルドバから世界に飛び立つ人材を育てるのです。私達の学校 ” WORLD BRIDGE INTERNATIONAL SCHOOL” は世界に掛かる架け橋となるのです。

現在、やっと会社設立した段階であります。今後、フィリピン政府教育省認可の申請等の準備に入って行きます。まだまだ、先は見えません。それでも、私達は希望と夢で一杯です。

図々しくも露骨にビジネスオファー

フィリピン政府教育省認定学校(インターナショナルスクール)の私達の夢の中には、私の経営していた語学学校の併設がありました。

しかしながら、色々な経験から、現在、私は利益を追求したビジネスに対しての興味はもうありません。

ただ、私達の学校の職員や私達親子の生活が保証されれば十分です。

綺麗事ではありません。女性というのは本来、守りの本能があります。子供や家族が危険にさらされたならば牙を剝きます。それ以外は、ちゃんとご飯が食べられ、教育を受ける事ができ、家族や信じあえる周囲の人達と共に笑って暮らせる事が全てなのです。そこさえ守られたならば、それ以上の富は幸せの弊害となり得るのです。

そんな事はさて置き、私のフィリピンセブのコルドバの学校施設には、当初の計画に沿って語学学校施設があります。30部屋(4人部屋)の学生寮および語学学校教室です。

 

露骨にビジネスオファー1:語学学校施設の賃貸

露骨にビジネスオファーというのは、フィリピン政府教育省認可学校(幼稚園から高校までの政府認可学校)の海が一望できる4階部分の語学学校施設と学生寮施設の賃貸であります。

フィリピンの語学学校認可や語学学校に必要なフィリピン法的認可証の申請およびフィリピン人講師の確保につきましては、もし、必要ならば、私達のメンバーおよびコネクションでサポートできるでしょう。

日本の教育業界では、2020年度より大学入学共通テストに、英語4技能評価が導入されます、韓国では小学校からの海外留学の促進、中国のフィリピン英語留学の加速等、各国にフィリピン留学は繁栄している現状にあります。

まだまだ、各国のフィリピン英語留学の勢いは止まらないでしょう。

 

露骨にビジネスオファー2:放課後の教室賃貸(日本語教室、韓国語教室、中国語教室等)の募集

2015年当初、私達はフィリピン政府教育省認定インターナショナルスクールの特別カリキュラムに日本語教育を入れていました。

理由は、20年間医療に携わった私の経歴より超高齢化社会の日本医療や老人介護分野でのマンパワー不足に、家族の結束が固く高齢者を尊敬する文化をもつフィリピン人の国民性が大きな効果をもたらすと考えていたからです。今もその考えには変わりありません。

しかし、今の私は特に日本だけに固着していません。私は日本人であり日本の状況にか見ていませんでした。多くの他の国もフィリピン人を必要にしているのです。日本は私の母国であり、私自身日本に愛情が、もちろんあります。しかし、日本だけを見るのはやめました。

私達の学校 ” WORLD BRIDGE INTERNATIONAL SCHOOL” の学生の選択授業もしくは、外部教室として、放課後の教室を時間賃貸し日本語教室、韓国語教室、中国語教室を開校する学校を募集します。とにかく、学校には人が集まります。そして、” WORLD BRIDGE INTERNATIONAL SCHOOL” は、スカラーシップ学生を除きフィリピン人裕福層および在住外国人を対象にした学校です。マーケットはあるかと思います。

 

露骨にビジネスオファー3:スポーツジム、食堂経営者募集

現在、フィリピンセブ島には多くのスポーツジムがあります。一般階級および裕福層のフィリピン人達はジムに通います。また、語学学校の生徒にとっても学校内にジムがある事は喜ばしい事でしょう。そして、学生のためのの食堂も必須であります。

政府認可学校の学生の昼食および、語学校留学生のための食堂、学生の保護者およびスポーツジム会員メンバーのための食堂や喫茶店も必要です。2015年、私達が計画していた学校経営の中には、校内のスポーツジムおよびレストラン経営も計画していました。学校敷地の施設を賃貸し学校スポーツジム経営および食堂の経営者を募集します。

 

露骨にビジネスオファー4:学校海側の土地の売却もしくは賃貸、校内にコンドミニアムを建設するデベロッパー募集

私達の学校 ” WORLD BRIDGE INTERNATIONAL SCHOOL” 敷地は1、2ヘクタールあります。その海側の約4000スクエアメーターの土地の売却もしくは賃貸。そして、その海側の土地にコンドミニアムを建設するデベロッパーを募集します。学校敷地の海側には現在、セブ市街とコルドバを結ぶ第3の橋からボリバーと呼ばれる海沿い道路の建設が進められています。その海側のボリバーの前の土地の売却もしくは賃貸です。

多くのフィリピンの有名学校の敷地中にはコンドミニアムが併設されています。私の息子が通っていた学校アテネオの敷地内にも大きなコンドミニアムが併設されています。フィリピンの裕福層たちは各地から子供達をインタナショナル学校に通わせます。そして、大切な子供と、子供の世話をするヘルパーを安全な学校敷地内のコンドミニアムに住まわせるのです。この、露骨にビジネスオファー4は、土地の購入や不動産売買の権利がない日本人を含む外国人には難しいでしょう。フィリピン人資産家にオファーを出すでしょう。

学校視察いつでも可能です。

厚かましくブログで図々しくもビジネスオファーに興味のある方お問い合わせ下さい。

 

ー おまけ ー

私は2年間、セブ中心街より車で約5時間離れたセブ島南部の海沿いの町アレグレアという町で生活しました。その間、再起をかけたビジネスとして海沿いに小さなリゾートホテルとレストランを建設しました。リゾートホテルといううよりローカルゲストハウスと行った方がいいでしょう。また、4隻の船を作りました。

立地はダイビングで有名モアルボアールまで車で30分。山や滝のスポーツハイキングとして世界で有名滝キャニオニアリングまで徒歩10分。セブのボラカイと呼ばれるバディアンビーチまで車で20分、ジンベイザメと泳ぐオスロブまで車で1時間のビーチ沿いの小さなリゾートです。

この小さなリゾート施設(4隻の船を含む)の賃貸もしくは共同経営者を募集します。レストランおよびリゾート(ゲストハウス)には、すぐにでも営業できる家具類はほとんど設置しています。

ツアー会社の経営、リゾート経営、ダイビングショップの経営または、海辺の田舎でゆったりと過ごすのもいいでしょう。

ご興味のある方はご連絡下さい。

 

キャニオニアリング

モアルボアール

バディアンビーチ

オスロブ

 

https://web.facebook.com/beachcebu/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再起を賭けてフィリピンで政府認定学校を創立する。

フィリピンの教育制度 〜フィリピン政府認可学校とは〜

フィリピン政府認可学校というのは、フィリピンの教育省(DepEd) の管轄の学校として認可された公立、私立学校であります。

フィリピンには、日本の文部科学省と同じように、DepED (Department of Education) と呼ばれる教育省が存在します。フィリピンの教育省(DepED)の管轄は、幼稚園から高校(シニアハイスクール)までの教育課程であり、山間部などの田舎などの一部の地域を除き、幼稚園から高校(シニアハイスクール)の一貫教育となっています。この幼稚園から高校までの一貫教育事をK12と呼ばれています。

日本では、少子化に伴い、小中一貫校や、エスカレート式とも呼ばれている中高一貫校も増えてはいますが、皆さまもご存知の通り、6−3−3制度 小学校6年間と中学校3年間の義務教育、そして、高校3年間となっています。

フィリピンの教育省(DepED)管轄の学校では、幼稚園2年間、小学校7年間、ハイスクール(中学校)2年間、シニアハイスクール(高校)2年間まで義務教育となっています。そして、ほとんどの学校では、幼稚園から高校までの一貫校となっているのです。公立の学校は、幼稚園から高校までの授業費は全て国が負担、授業費無料となっています。(教科書代、制服代等は個人負担)

ちなみに語学学校は、アカデミー(塾)やマッサージ店の管轄であるTESDAの認可の元で運営されています。

フィリピン政府認可学校開校の夢

今から約8年前、2012年、日本でのフィリピン(セブ)英語留学ブーム到来初期に、私、佐々木綾子はフィリピン人達と共にフィリピンセブ島で、語学学校BAYSIDE ENGLISH CEBUを創立しました。BAYSIDE ENGLISH CEBUは、フィリピンセブ島で、唯一フィリピン人達が中心に運営されていた語学学校だったのです。

語学学校BAYSIDE ENGLISH CEBUは、日本のフィリピン留学ブームの風に乗って大きく成長していきました。そして、2015年、次のステップとして、現地フィリピン人やフィリピン在住の外国人の子供達を対象としたフィリピン政府認可私立学校(インターナショナルスクール)開校の夢に向かって走っていました。

私達は政府認可学校開校の土地探しよりはじめ、1年半もの時間をかけて、フィリピンセブのマクタン島のコルドバという町に約1.1ヘクタール(約3,500坪)の土地を購入、BAYSIDE GLOBAL SCHOOL de Cebu,INCという名の会社を設立、学校建設を開始しました。また、同時に政府教育省(DepED)の学校(K12)認可の手続きに走っていたのです。

走り続けた2016年:フィリピンで土地を買う

走り続けた2016年:フィリピンで建設をする

走り続けた2016年:フィリピン教育省認定学校を設立する。

 

フィリピン政府認可学校建設の再開

2015年に掲げた、私達の夢のフィリピン政府認可のインターナショナルスクール BAYSIDE GLOBAL SCHOOL

私たちの夢の学校の再建の為に、私たちは再び走り出したのです。

 

フィリピンで建物を建てる際には、まず、建設許可(ビルディングパーミット)を取得します。そして、DNER(Department of Environment and Natural Resources)という環境天然資源省の許可も同時に取得します。

日本の法律はわかりませんが、フィリピンの法律では、建設途中で建設を止め放置すると建設許可証(ビルディングパーミット)の取り消しが行われるのです。

そして、不法(危険)建物を放置したとして、環境天然資源省より、建物オーナー及び土地権利人に莫大なペナルティが課されるのです。

この場合、土地の権利者は私のビジネスパートナーのフィリピン人、そして、建物名義人は私なのです。また、建設許可証が取り消しとなると、新たな許可書を取得する事は極めて困難なのです。

その為、フィリピンでは、何年も前に建設が中止され廃墟となった建設途中の放置建物が多く存在し、そして、その建物オーナーや土地主が行方不明となっている事も少なくないのです。

一旦、建設を開始した建物は、時間がかかっても建設を止める事なく絶対に完成しなくてはならないのです。でなければ、地域に不法、危険な建物を残してしまうのです。

私達は、車や家、土地等の各自それぞれの個人資産を売却し、工事を再開をしたのです。当時に計画されていた学校内のスイミングプールやジム、レストランの建設は中止し、120部屋の計画のESL学生寮は30部屋に縮減しました。

学校ビルディング及び30部屋の学生寮は、後3〜4ヶ月後には完成できるでしょう。(フィリピンの建設は必ず遅れますので6ヶ月は見込んでいた方が良いのかもしれませんが、、、)

(↑ 2015年当初の計画)

フィリピン政府認可学校(インターナショナルスクール)開校の夢の再起

学校建物や学生寮建物の完成の目処が着いた時点で、私達は、今後どうして行くのか、毎日、毎日悩みました。

もう一度、ここフィリピンセブ島で政府認定インターナショナルスクール開校の夢に向かって走って行こうか?

いやっ もう人が怖い。土地も建物も売却して息子とゆっくりと暮らそうか?

 

そんな中、息子RIOの言葉が私を大きく動かしました。

ママ:”もう、学校も土地も売っちゃて、ママとのんびり暮らそうか?”

RIO ;”嫌!!!僕はベイサイドがしたい。ママにベイサイドをしてほしい。 前みたいにママと色々な国(海外留学フェア)に行きたい”

ママ: ”ママ、また忙しくなったら RIOと一緒にいる時間が、なくなちゃうかもしれないよ。それに、また失敗しちゃうかもしれないし、、、”

RIO; ”それでも、いい! 僕は、ママにベイサイドをしてほしい”

ママ: ”ベイサイドはもう潰れているからできないよ”

RIO; ”別の学校でもいい。ベイサイドの人呼べばいいやん。僕はママに学校をしてほしい! 乗っ取られないように、僕、ITの勉強するから。シニアハイスクールになったらビジネスコースにするから…”

 

息子RIOが4歳の時から、彼は私が設立したBAYSIDE ENGLISH CEBUと共に歩んできました。BAYSIDE のフィリピン人職員達に育てられて成長して行きました。彼にとってのBAYSIDEは、家であり家族でもあったのです。

息子RIOは、まだ13才です。これから、。彼の関わる人達によっても彼の方向性も変わるかもしれません。子供の選択肢は子供にあると思っています。また、彼に職員を守る器量がなければ、彼が将来、学校を継ぎたいと選択しても、それは受け入れられません

まだまだ子供の彼と多くの事を話したのです。しかし、彼の意志は硬かったのです。

売却はいつでもできる。やれる事をやって、それでも無理なら、その時に考えればいいのです。

 

私は、フィリピン政府認可インターナショナルスクール開校への夢の実現に向かって、もう一度走る決心をしたのです。

 

5年以上にも及ぶ、フィリピン語学学校経営経験の中で、私は、フィリピンセブ島在住邦人とはほとんど接触しなかったので、日本コミュニティへの接点はありませんが、現地地域に密着し学校運営をしていたのです。私には多くの優秀な現地フィリピン人、マンパワーを持っているのです。そして、現地コネクションも多く持っているのです。

しかしながら、日本での私の経歴は医療現場の中にしかありませんでした。私は、ビジネスマンでもなければ、教育者でもありません。

次のブログにて、私達の考えるフィリピン政府認可学校の構想を述べます。そして同時に、図々しくも、日本や各国のビジネスマンや教育業界の方々に助言を求めていきます。また、露骨にビジネスオファーもしていきます。

NEXT:フィリピンで政府認定学校を創立する。(図々しくも露骨にビジネスオファー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうなる?日本の子供達の将来

2011年3月、私は4歳の息子(リオ)を連れて、親子二人でフィリピンセブ島に移住しました。

2016年12月末、私はリオの安全を確保するために、冬休みバケーションという名目にて彼一人で日本の実家に送りました。

そして、2017年2月日本に帰国しました。

リオは、ママが迎えに来た。セブ島の学校に戻れると思ったのです。もう、セブ島には、二度と帰れないと説明してもリオには納得できませんでした。

リオが4歳の物心がついた時から8年間生活していたフィリピン セブ島は、リオにとってもう一つの母国だったのです。多くの友達がいました。フィリピンセブ島には彼の夢があったのです。 リオのセブ島

また、リオの母国語は英語となっていたのです。日本語を話すことはできましたが、読み書きは、ひらがな、カタカナ程度だったのです。

8年間過ごしたフィリピン、セブ島でのお友達ともお別れを言うことも出来ず、心の整理もつかないまま、突然、日本の学校へ転校したのです。何よりも、学校の授業は日本語で行われます。先生の言っている意味もわからないのです。当時、彼をインターナショナルスクールに入れる資金もありませんでした。

当時、リオは荒れていました。学校に行きたくない。アテネオ(フィリピン、セブ島の彼の学校)に戻りたいと毎日泣いていました。学校も多く休みました。

 

私は、リオと約束しました。

ママに1年間、時間を下さい。ママは1年間でリオがアテネオ(セブにリオの通っていた学校)に戻れるように準備してリオを迎えにくると約束しました。リオは1年間、日本に留学したと思って日本語をしっかり勉強しなさいと、、、

そして、2017年6月、リオの誕生日を終えて、リオと離れてひとりフィリピンセブ島に戻ったのです。

リオの日本

リオが生まれてから、私たち親子は生活も仕事の時も常に一緒でした。離れ離れに暮らすことは、私達にとって初めての経験だったのです。

 

私がセブ島に立ってから、リオは1日も休まず学校に行くようになりました。

リオの通う日本の公立小学校は、少人数のクラスで成り立っている田舎の学校です。

80才近い父親と学校の先生達と連携してリオの日本語サポートが行われました。放課後には、教頭先生がリオのために漢字の個別授業を行ってくれました。そして、先生達は、リオのテストやプリント全ての漢字にひらがなをつけてくれたのです。リオが6年生になるまでの1年間以上もです。

両親や小学校の先生達の温かい大きなサポートのおかげもあり、段々と彼は自信を取り戻すことが出来ました。友達も多く出来ました。

そして、2018年4月リオは中学生となったのです。

私のセブ島

傷つき荒れたリオを、ひとり日本に置いて来た当初、毎日、毎日考えるのはリオの事ばかりでした。そして、私には1年間しか時間がないと言う焦りでいっぱいでした。

2018年6月、リオとの1年の約束の時、日本に帰国しました。

約束の時

2018年6月、日本に帰国。リオは私がセブに渡った時とは違う生き生きした顔をしていました。

そして、中間テストの結果を私に自慢げに見せたのです。5科目の総合360点、平均点より少し高い点数でした。国語が20点だった事を考えると他の教科は、まずまず着いていけるようになったのです。

小学校5年生で、日本の学校に転校した時点では、ひらがな、カタカナくらいしかない日本語力だった事を考えると彼なりに、かなり努力したと言うことが伝わってきました。

また、野球部の先生を慕って野球部に入ったとユニフォームを見せてくれました。

彼は言いました。“ママ、日本もええで。ママ、フィリピンなんか危ないから日本に帰ってきたらいい。日本で一緒に住もうよ” と、、、

嬉しいやら、悲しいやら、、、やっぱり、嬉しい気持ちになりました。

そして、リオの頑張ったご褒美と誕生日のプレゼントに、リオから再三お願いされていたauの携帯電話をプレゼントしたのです。

そのことが、後に大きな問題となったのです。

リオに、もう少しだけ待って、、、とお願いし、私はセブ島に戻りました。

フィリピンの子供達と日本の子供達

セブでのリオは、多くの友達がいました。高級下の住宅地にあった私達の家には多くの子供達が集まっていました。小学校低学年から高校生まで年齢も様々なお友達が集まりました。殆どの子供達はスマートフォンの携帯を持っていました。しかし、彼らにとってのスマートフォンは、両親や友どちとの連絡手段や調べ物をする手段しかなかったのです。子供達同士で遊ぶ時には、プールや公園、自宅でお話をするのです。

日本では、フィリピンで購入したスマートフォンは自宅のwifiを使って、ママとの連絡手段や、リオにとって母国語となっていた英語での映画等を見る為に使っていたのです。

リオが6年生になったばかりの時、ゲーム機を買って欲しいと私に連絡が入りました。彼曰く、ゲーム機がなければ友どちと遊べないと言うのです。みんなで集まった時に、みんなゲーム機をコネクションして遊んでいる。僕はいつも見ているだけと言うのです。

ゲーム機がなければ、お友達と遊べないなんて、、、そんなバカな事あるはずがありません。“あなたにはスマートフォンがあるでしょう”と返信したのです。

すると、みんなスマートフォンを持っていないから、僕ひとりしか遊べないと言うのです。

8年間、セブ島で生活していた私には日本の小学生事情はわかりません。

“友達と遊ぶのにスマートフォンもゲーム機もいらないでしょう” と却下したのです。

 

そして、中学1年生になったリオは言いました。

みんな、日本のスマートフォンの携帯を持っているから、誕生日に買ってと。

 

現在、私はフィリピンの田舎町に住んでいます。

私の自宅には田舎に住むの多くの子供達が集まります。彼らの自宅にはテレビもガスコンロさえもありません。しかし、彼らは、一家に一台のスマートフォンを持っているのです。WIFIは、町役場で開放されています。子供達は、家の農家や漁業のお手伝いをしながら、時間を作っては町役場で、インターネットと英語を使って多くの情報を手に入れ勉強するのです。将来、家族の家計を助ける為に勉強するのです。

そんなフィリピンの子供達を見ていた事もあり、auスマートフォンをリオに誕生日プレゼントしたのです。

どうなる日本の子供達

2018年10月、再び私は日本に帰国しました。

私は、帰国と同時に両親から苦情を聞かされる事になったのです。

リオは、学校や塾から帰ってきて殆どの時間をスマートフォンを見て過ごしている、、、そのせいで成績も落ちてきたと言うのです。

リオの幼稚園時代のママ友たちと集まりました。リオの同級生5人の子供達も一緒です。ママ達がお話をしている間、子供達はそれぞれスマートフォンを見ているのです。そして、面白い動画を見つけるとその情報を交換するのです。子供達の会話はスマートフォンを通してなのです。子供たちは、みんな下を向いてスマートフォンを見ているのです。それも何時間もです。

レストランでも、同世代の他の子供達の間でも同じ光景が見られるのです。

 

日本事情に疎い私はびっくりです。

ママ友に “これ普通なの?” と聞きました。

ママ友によると、今の子供達の普通だと言うのです。

ママ友たちも子供達のスマホ依存症に手を焼いているとの事でした。

あるママは、夜10時になるとスマホを取り上げるようです。しかし、夜中まで永遠にラインの着信音は鳴っているとの事でした。

リオのスマートフォンのラインの着信音も、夜中まで鳴っているのです。

 

ママ友たちによると、子供達はラインで多くのグループを作っているのです。

友達のグループ、クラブのグループ、塾のグループ等、様々なグループ会話をするのです。

グループの子の中には、母親におやすみなさいと自分のお部屋に入って隠れてずっとラインをしていると言うのです。その為、夜中までラインの着信音がなると言うのです。

ママ達によると、子供達はスマホで連絡を取り合っているのでスマホがなければ遊びのお誘いもなくなると言うのです。

現に子供達の間で “あいつスマホ持ってないから面白くないから誘わんとこ” と言う会話がなされていると言うのです。

 

私の小さな世界の中だけかも知れませんが、、、

何かが間違ってると考えるのは私だけでしょうか?

さて、どうしたらいいものか、、、真剣に考えないといけません。

フィリピン田舎生活! 山の食材を使ったスイーツ

スイートポテト

フィリピン  セブ島南部の田舎は、山と海の自然に囲まれています。山からの幸と海からの幸を楽しむ事ができるのです。

食材には全く苦労しないのです^^V

いつも、遊びにくる唯一の村の小さな友達アロナが、山で取れたサツマイモを持ってきてくれました。

フィリピン田舎の子供達は、学校が終わった後や休日は、農家のお手伝いをするのです。

彼女が収穫したサツマイモを使ってスイートポテトを作る事にしました。

てきとうスイートポテト

材料

サツマイモ10個くらい

はちみつ 適当

コンデンスミルク 適当

牛乳 適当

メープルシロップ 適当

 

  1. サツマイモを茹でます。固めだと芋の食感が残る歯ごたえがある感じに仕上がります。やらかめだとしっとりした感じになります。
  2. 茹でたサツマイモを、ビニール袋に入れます。(ボールでもいいです)
  3. サツマイモを潰していきます。
  4. ある程度サツマイモがつぶれたらコンデンスミルク、ハチミツ、香りつけにメープルシロップをお好きな甘さに調整しながら入れます。コンデンスミルクやハチミツの変わりに砂糖でも大丈夫です。 ↑現地で取れたてハチミツ 130php(300円くらい) ハチミツの変わりにお砂糖でも オッケーです。↑フィリピンのスーパーではどこでも置いてあるコンデンスミルク(練乳)別に入れなくても大丈夫です。
  5. 牛乳を入れて混ぜやらかさを調整します。生クリームがあれば生クリームでもいいです。牛乳だとさっぱりした味、生クリームだとしっとりした味となります。柔らかさはしっとりぼってりが目安です。牛乳が少なすぎると出来上がりがボソボソに。柔らかすぎると成形しにくいです。
  6. 手のひらで形を整えオーブン天板に並べていきます。天板のにアルミホイルやクッキングシートを敷くと焦げ付かないです。(アルミホイルの場合、薄く油を塗っておくとへばりつきにくいです)
  7. 卵黄を塗ります。
  8.  160-170度くらいで卵黄に軽く焦げ目がつく程度に焼きます。トースターでもオッケーです。

 

 

このくらいの色が目安です。

出来上がり💞

いただきます。

私の田舎の息子ゴイ君も💞

海からは、こんな収穫も^^v