20.フィリピン日系語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBU開校

犯罪者か経営者の選択

2012年6月リオの7歳誕生日 兼RPC独占留学斡旋ビジネスの開始を祝ったパーティの数日後、私はRPCオーナー、ミスター金に予約状況を報告しました。

2012年夏には、すでに100人以上の日本人学生の予約があること。スージーを通じて韓国からの入学も見込まれること。夏に向けて準備が必要であったのです。

 

しかし、ミスター金から耳を疑う言葉が返ってきたのです

 

「I cannot accept your students because RPC is going to bankrupt」

 

Regent Pacific College (RPC)は、倒産するのであなたの学生を受け入れることはできない!!!

 

夏のバケーションシーズンまで1ヶ月ほどしか時間はありません。すでに50人以上の学生の学費は私のフィリピンの銀行口座に振り込まれているのです。

私は、目の前が真っ暗になりました。

学生や留学斡旋会社はすでに授業料を振り込んでいるのにもかかわらず留学先の語学学校が倒産し留学できないということになれば大事件です。

すぐにリオと両親の顔が浮かびました。

1ミリオンペソ(約200万円)支払って独占留学斡旋契約をしたではないかと必死でミスター金に抗議をしました。

ミスター金の返答は

「NO MONEY,BANKRUP, NO CHOICE」

お金がない。倒産する。仕方ないの一点張りです。

 

昼時の韓国レストランで涙を流し韓国人妻との思い出やRPCの歴史を話していたミスター金の哀れな顔はそこにはなかったのです。

 

そして、ミスター金は、あなたには方法が一つあると話しを続けました。

 

韓国のフィリピン留学ブームの時代はすぐに終わりが来る。これからは日本のフィリピン留学時代が来る。

ここRegent Pacific College(RPC)を賃貸し日本経営の学校を作るのだと。

 

会社設立についてはミスター金が助ける。

賃貸費用は月に1、5ミリオンペソ(約300万円/月)

最初の立ち上げの3ヶ月の家賃は70万ぺソ(約140万円)でいい。

頭金として最初に3ミリオンペソ(約600万円)をミスター金に支払えというのです。

そして、併設する私立学校はミスター金が引き続き経営していくと。

 

私には選択肢は二つしかなかったのです。

ミスター金に大金を支払い会社設立するか、日本で大事件になり逮捕されワイドショーに私の顔が出るのかの。

どちらかを選択するしかないのです。

突然闇の中に突き落とされたのです。ワイドショーにインタビューされるリオと両親の夢を何度も見ては飛びおきる夜が続くのです。

お金の問題ではないのです。

私の16年以上の社会経験は病院の中でしかないのです。事務職さえもしたことがないのです。ビジネスのビの字も知らないのです。

学校を紹介して紹介料をもらうのとはわけが違うのです。

雇用者を雇い学校を運営するのです。

それも海外で…できるわけがない。

しかし、しなければ逮捕される…頭の中は堂々めぐりのようにグルグル回っていました。

 

確かに、2012年、ミスター金の言う通り日本のフィリピン留学ブームは勢いに乗っていました。

 

ビジネスド素人の私であっても数ヶ月で100人以上の学生を集めることができるのだから、、、

きっと、ビジネス経験がありフィリピンセブ島で学校経営したい人がいるはずであります。

 

私はミスター金の賃貸条件を、当時Regent Pacific College(RPC)に学生を紹介くれていた何件かの留学斡旋会社に提示し学校経営を持ちかけました。

その会社の一つにオーストラリアに事務所を持つオーストラリア留学を主流にビジネスを展開している留学斡旋会社、石田社長(仮名)が語学学校経営に興味を持ったのでした。

 

石田社長はすぐにオーストラリアからセブ島に飛んできました。

石田社長は60歳、オーストラリアでオーストラリア人の妻と結婚しオーストラリアに移住していました。オーストラリア人の妻は英語の教師であります。

石田社長の英語は流暢で人柄も豪快でユーモアもあり、フィリピン講師たちともすぐに打ち解けました。

商談はすぐに成立しました。

石田社長がRegent pacific College を賃貸し、日本人経営の語学学校を設立するのです。

 

そして、私はミスター金に報告しました。

ミスター金は、また予想外のことを言うのです。

「私は、あなたにチャンスをあげた。どうして私が知らない日本人に私の学校を渡さなければいけないのか」と激怒したのです。

 

 結局、私と石田社長の共同経営としてRegent Pacific College(RPC)を賃貸し会社設立するということで話はまとまりました。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBU 開校

石田社長は、オーストラリアから、フィリピンの弁護士や各種学校設立に必要な認定機関とメールでやりとり会社設立と学校開校の書類手続きを進めました。

フィリピンでの会社経営は、一部の特定地区を除き外国人は40%の株券しか持つ事が出来ない法律となっています。

60%はフィリピン国籍の株主としなくてはいけないのです。したがって、通常外国人がフィリピンで起業する際には60%の株券を持つフィリピン人をダミーとして登録するのです。

資本金として石田社長は日本円で1000万円強、私は、Regent Pacific College(RPC)独占留学斡旋ビジネスの蓄えと100人以上の学生の入金、ミスター金に独占契約として支払った200万円そしてさらに私の個人資金の200万円を投資しました。

 

そして、私は現場で人材集結とシステム作りに当たりました。

2012年当時は、フィリピンセブ島での語学学校はほとんど韓国人経営の語学学校でありました。

セブ島で認定を受け開校していた日本経営の語学学校は3〜4校しかなかったのです。

韓国系語学学校の歴史は10年以上にも及んでいます。ちなみにRegent Pacific College は2005年に開校されました。

韓国系の語学学校には長い歴史の中で学校運営のシステムは成立されていたのです。

韓国系の語学学校のシステムを引き継ぎ日本人に適応するようにアレンジするのです。

韓国系語学学校で経験のある5人のフィリピン人を集め経営チームを設定しました。

そして、日本人経営の語学学校として日本への窓口を開くためには日本人の口にあった食事を提供する必要もありました。

主婦歴が長く雑誌クックパットに取り上げられるくらいの料理の達人であったキッチンマネージャーのキクちゃん(仮名)と日本食レストランで勤務経験のあるシェフたちを集めました。

また、自衛隊の特殊部隊で勤務していたという異例の経歴を持つ片田さんを日本人マネージャーに雇用。

RPC韓国学生であった韓国で英語教師していたジェイを韓国人マネージャーとして雇用。

そして、インターンスタッフとしてハル。

カリュキュラムについては、韓国系の語学学校で経験のあるフィリピン人講師たちで作成され、オーストラリア人英語講師の石田社長の妻によってアレンジされていきました。

 

すべての準備が整いました。

 

 2012年8月15日、すでに、韓国、日本から150人近い学生が留学していた中、BAYSIDE ENGLISH CEBUは、学生たちにも盛り上げられ華々しく開校したのです。

https://youtu.be/T99wBCFRTC4


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