23.フィリピン日系語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBU の繁栄

フィリピン人中心に運営された語学学校 ”BAYSIDE ENGLISH CEBU”

2012年8月に開校した。BAYSIDE ENGLSIH CEBU は、若者と親子のためのRPCキャンパス、大人とビジネス研修のためのプレミアムキャンパス共に2016年夏まで繁栄し続けました。

そして、私達は、1、1ヘクタール(約3,500坪)の土地を購入インターナショナルスクール開校という夢に向かって走っていました。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBUの繁栄は、フィリピン人たちの力であると言っても過言ではありません。

ビジネス経験も知識もない私が指揮をとっていたことからも明らかであります。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBUの運営部隊は、大きく4つに分かれていました。

運営の中心となる経営チーム(アドミン)。

カリキュラムや教育の中心となるアカデミックチーム。

防犯や学生の生活に関するアコモデーションチーム

そして、各国へBAYSIDE ENGLISH CEBUの紹介をしていくマーケットチームであります。

 

 日本人、韓国人を中心に外国人はマーケットチームに属し、アカデミックチームやアコモデーションチームと連携していました。

 

 経営の中心となる経営チームは、チームリーダー(アドミンヘッド)、会計、人事、税関(イミグレーション)と3人の弁護士(会社書類や会計を扱う弁護士(CPA)、労働法を扱う弁護士、裁判で闘う弁護士)の、全員フィリピン人で成り立っていました。

 

2016年、土地購入や学校建設やインターナショナルスクールの開校準備に忙しくなったことで松井元輝を私の代わりとして経営チームに導入するまでは、私は経営チームには日本人を含む外国人を入れたことはなかったのです。

BAYSIDE ENGLISH CEBUの経営舞台はフィリピン人のみで組織されていたのです。

 

もちろん、山中博は、BYSIDE ENGLISH CEBU  ファミリーにも、経営チームにも入っていないのです。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBUは、セブ島で唯一フィリピン人が中心に経営されていた学校でありました。

 

フィリピンビジネス!!! 豊富なヒューマンパワー

私は、常にフィリピン人職員や講師達に、BAYSIDE ENGLISH CEBUは、唯一フィリピン人が中心に運営されている語学学校であるという事を伝え、フィリピンとフィリピン人の素晴らしさを海外に見せつける事を意識づけました。

 

そして、マーケットチームには、フィリピン人の素晴らしさとフィリピン人による英語教育の高さを、それぞれの国に適応するよう、アカデミックセクション、アコモデーションセクションと連携してアレンジし、それぞれの国に紹介するように指示しました。

 

あくまでも、中心はフィリピン人であります。私自身もすでにフィリピン人になっていたのでしょう。

 

フィリピン人職員の意識が、日本人や外国人の命令下で動くのではなく、自分たちの国フィリピンで自分たちが中心に自分たちの学校を作っていくということは、彼らの誇りと愛社精神となり彼らのモチベーションを上げていくのです。

 

そして、それらは講師たちを介して学生に伝わるのです。

 

また、職員や講師の愛社精神は、彼らにフェイスブック等のネット媒体を通じてBAYSIDE ENGLISH CEBUの様子を自らアップさせるのです。

ほとんどのフィリピン人はフェイスブックを持っています。そして、講師たちはフェイスブックを介して学生と繋がるのです。

BAYSIDE ENGLISH CEBUには、リピーター学生が多かったのです。

それは、フィリピン人職員や講師の愛社精神による意図しない営業力によるものであったと私は考察しています。

 

 フィリピン人、彼らを信じることで彼らは最大限の力を発揮するのです。そして、彼らの国民性でもある集団結束力は彼らの力を無限大にまで拡大していくのです。

 

2013年4月、リオと私の約4ヶ月のドマゲッティ移住のコネクションを使いBAYSIDE ENGLISH CEBUの講師雇用をドマゲッティで開始しました。

理由は、ドマゲッティは、シリマン大学を中心に多くの大学が隣接する大学街であること。そして、老後を楽しむ多くの西洋人、アメリカ人が多く滞在するドマゲッティの街では英語は必須であったこと。ネイティブ英語圏の老人たちを相手にドマゲッティの街の若者たちの英語アクセントが作られているのです。

ちなみに、2012年当時、セブ島に滞在する外国人の主流は韓国人でした。

そして、韓国経営の語学学校が切磋琢磨していました。その状況の中、韓国人に理解してもらえる韓国アクセントの英語の講師たちの主流となっていたのです。

現在、日本人経営の語学学校が増加するにあたり、日本人に理解しやすい日本人英語アクセントのフィリピン人講師が増えてきています。

次にフィリピン留学は中国人の時代が来ると私は推測しています。

理由は、フィリピン大統領にドテルテ氏の就任により、中国との関係改善、中国人に対するビザの緩和される予定であるからです。

そして、中国人のための中国人にわかりやすい中国アクセントのフィリピン人講師が生まれていくのでしょう。

フィリピン人の時代のニーズに適応する能力の高さは、彼らの生き抜くための手段であると私は考察しています。

 

ダイヤモンドの原石が転がるフィリピン

2013年から年に2回のペースで開始したドマゲッティでの講師雇用(ジョブハイヤー)は、私の楽しみの一つでありました。

2016年、新学校建設で忙しくなるまで、私は必ず参加しました。もちろん、リオも連れて行きます。

なぜ、楽しみかというと、そこでダイヤモンドの原石を見つけることができるのです。

そして、私は多くのダイヤモンドの原石を見つけました。

ダイヤモンドの原石達はBAYSIDE ENGLISH CEBUで学生達によって磨かれるのです。そして、さらに輝きを得て、もっともっと大きな世界に飛び立っていくのです。

ダイヤモンドの原石の一つに、MCという講師がいます。第2回目のドマゲッティで開催されたネグロスオリエンタル大学の講師雇用試験、面接で彼女と出会いました。

彼女は、ドマゲッティより車で約2時間離れた山奥で、ラジオ放送にてBAYSIDE ENGLISH CEBU の雇用試験を知り会場であるネグロスオリエンタル大学に来たのです。

私たち経営チームとアカデミックチームは、2時間ほど前から会場準備に当たります。彼女は私たちが準備に入る時点ですでに、試験会場の前に座っていました。

彼女は全く飾り気のなく地味で質素ではありましたが、抜群のスタイルと美貌を持っていました。

就職試験は、ペーバー試験、それをパスした者は、デモンストレーション試験、また、それらをパスした者のみ面接試験に進みます。

そして、次の日に合格発表と合格者のみにセブまでの船の片道チケットが渡されるのです。

セブに到着すれば港に職員が待っています。そして、BAYSIDE ENGLISH CEBU RPC キャンパスの中の講師寮まで案内されるのです。

 

ドマゲッティでの事前広告、ラジオ放送は、リオの入院中に友人となった、ネグロスオリエンタル大学生達(すでに卒業生)が準備してくれています。

 

100人近い受験者がネグロスオリエンタル大学や、第2会場であるドマゲッティの街の中心のホテルに集まります。

私は試験開始3時間前から会場でひとり待っていた素朴な美人の彼女が気になっていました。

試験にパスした者が受けることができるデモンストレーションから私は参加します。

彼女はデモンストレーションにまで上がってきたのです。

私は、講師としての能力につてはわかりません。それは、プロの校長先生(アカデミックヘッド)やリーダー講師のアカデミック担当者が判定します。

私が見るのは、日本人を中心とした外国人に適応するマナーがあるかという事と清潔感と外見的美貌のみです。

彼女は、街から2時間も離れた山奥から来ました。

彼女には都会で外国人に慣れているシリマン大学の学生やネグロスオリエンタル大学の学生とは違い明け抜け堂々とした印象は全くなかったのです。

しかし、素朴さの中に真の強さ、そして何よりも美貌が魅力的でした。彼女は磨枯れればダイヤモンドになると直感したのです。

そして、彼女はBAYSIDE ENGLISH CEBUの講師となりました。

フィリピンセブ島のBAYSIDE ENGLISH CEBUに来た当時の彼女は、人の前に出ることも恥ずかしかったのです。当時オーナーであった私が、彼女に直接声をかけることは、他の講師たちからの嫉妬心を産んでしまうことになります。

そっとアカデミックヘッドに彼女を常に前に出すようにと指示しました。彼女は、彼女の収入で家族達を支えています。

BAYSIDE ENGLISH CEBUに彼女が来て1年目、彼女の妹が病気で亡くなりました。

彼女はそのまま田舎に帰ってしまったのです。私は、アカデミックヘットの彼女のみ贔屓しすぎるという忠告と反対を押し切って彼女を彼女の田舎まで迎えに行きました。

そして、BAYSIDE ENGLISH CEBUに戻った彼女は輝いたのです。

BAYSIDE ENGLSIH CEBU では、毎年創立記念パーティを8月15日の週の土曜日に盛大に行っていました。すべての準備、コーディネートはフィリピン人達で行うのです。

クライマックスのイベントのコンテストで、ミスBAYSIDE、ミスターBAYSIDE、ミスターSHE( 彼女)が決定します。

ミスターSHEは余興として女装した男性の美を競うものです。

ミスとミスターBAYSIDEコンテストは、ルックスだけではなくパフォーマンスの披露と、最後には英語での自己アピール演説が行われるます。学生たちも参加します。

8月15日は、夏のピーク時期の真っ只中である。BAYSIDE ENGLISH CEBU 2つのキャンパスの全職員と学生が集まり参加者は500人を超えるのです。

その中で、すべてを制した者だけがミスター、ミスBAYSIDE に選ばれるのです。

 

彼女は、ミスBAYSIDE に選ばれたのです。

 

審査官には、BAYSIDE ENGLISH CEBUの位置する町の有権者たちを招待します。

もちろん、私は審査官ではありません。

その時の私の感動ははかりしれません。

リオと私はそっと、ガッツポーズをしました。

彼女は、その後、講師から税関(イミグレーション)担当の経営チームに移り、その後国家公務員である税関の職員となっています。彼女の夢は日本に住むことです。

 

それだけではありません。ドマゲッティの近くの魔女の島と恐れられているシキホールという小さな島から来たサイザというダイヤモンドの原石は、BAYSIDE  ENGLISH CEBU で磨かれ、現在日本の大学で英語講師として働いています。

リオと私が ドマゲッティ滞在中によく滞在したホテルハネコーンの受付嬢の弟もです。

輝いたダイヤモンド達は、日本で英語塾等の英語教育事業も営む学生さん達に招待されて日本で英語講師として活躍しているのです。

ほとんどのフィリピン人講師達は、家族を支え、そして、家族の希望の星なのです。そして、多くの夢を抱いた若者達なのです。

彼女、彼たちの活躍や幸せ報告ほど、私を幸せにしてくれるものはないのです。

それは、フィリピン人だけではなく、BAYSIDE ENGLISH CEBU で、ともに過ごした各国スタッフたちも同じであります。

BAYSIDE ENGLISH CEBUで輝いたダイヤモンドの原石達の話を始めると尽きないのでこの辺で止めておきます。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBUは、フィリピン人中心とした運営で、マーケットチームによって各国に紹介され、そして、日本のフィリピン留学ブームの追い風に乗って繁栄していったのです。

 

 BYYSIDE ENGLIAH CEBU の反映

BAYSIDE ENGLISH CEBU の繁栄

BAYSIDE ENGLISH CEBUの繁栄

BAYSIDE ENGLISH CEBUの繁栄

BAYSIDE ENGLISH CEBUの繁栄

https://web.facebook.com/Bayside.English.Cebu/videos/661670230595829/

https://web.facebook.com/Bayside.English.Cebu/videos/808955615867289/


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