37. フィリピン医療の真実

日本人(外国人)へのフィリピンの医療

2011年夏、フィリピンドマゲッティの街でリオが入院しました。

その際、最高級の海外保険に入っていたにも関わらず、リオが入院したシリマン大学病院と日本の保険会社での間にキャッシュレス(現金を支払わなくても治療が受けれるシステム)提携をしていなかったために治療が遅れました。

しかし、日本の保険会社の迅速な対応にてシリマン大学と日本の保険会社との間でキャッシュレス提携が結ばれたのです。

キャッシュレス提携後、VIP患者として迅速にリオの治療がなされていきました。そして、2週間以上もの間ホテルのような病院のVIP 個室で親子二人快適な入院生活を送る事ができ他のです。

2012年8月15日、BAYSIDE ENGLISH CEBU RPCキャンパスが開校し多くの親子留学、若者の留学、子供たちのみの留学学生を受け入れていました。

医療制度を整えることは必須であったのです。

大切な子供をフィリピンに留学させた母親の心配は、第一に健康のことであります。発展途上国であるフィリピンへの留学は、その心配は増強するでしょう。

母親として看護師として学校に医療のシステムを整えることは私の使命でもあったのです。

ドマゲッティでのリオの入院経験を生かし、当時BAYSIDE ENGLISH CEBUの日本人インターンスタッフが入院した際の主治医であったリッチ医師(仮名)に相談し、BAYSIDE ENGLISH CEBUに週2回の医師回診を依頼しました。

そして、学生の健康状態に異常があれば、すぐにリッチ医師の勤務するセブ島の中心街に位置する総合病院であるセブドクターズ病院に搬送し治療を受けるシステムを作ったのです。

自慢ではありますが、現在ほとんどの日本経営の語学学校には医師回診のシステムがあります。学校医療システムを整え、最初に開始したのはBAYSIDE ENGLISH CEBUであるのです。

誰が最初に開始したのかは、どうでもいいことでありますが、大切なお子様を預かってる語学学校に医療との連携があることは母親も安心して子供をフィリピンへ送りだすことができるのです。

そして、日本人が海外保険に加入しているだけでVIP治療が受けられるのです。

医療にはキュアとケアがあります。キュアとは治療、ケアとは看護です。

キュア面で考えるとフィリピンは日本に比べかなり遅れています。しかし、ケアの面で考えると日本の看護師不足では考えられないほどマンパワーが豊富であるのです。

日本の海外保険を使うことにより、夜間でも1時間に1回と言っていいほど、看護師、助手、清掃婦に食事の配膳係が病室を訪れるのです。

日本の医療現場で看護師一人が行っている仕事を10人くらいで分担していると言っても過言ではありません。

ただ、マンパワーがあることと看護師の質は比例しないのです。

 

ビジネスウーマンとしての自信や学校オーナーとしての威厳に欠ける私は、オーナーであると言うことを表に出したくありませんでした。

各国マネージャー達に学生に対して学校在中看護師として私を紹介するよう指示しました。

その方が子供やお母さん達と直接交流ができるのです。また、学生さん達の思いや本音を聞くことができるのです。

BAYSIDE ENGLSIH CEBUには、2013年より高校や塾関係の英語研修として子供団体が多くなりました。

高校の付き添いの先生達や旅行会社の添乗員も学校看護師として学校の良い面も悪い面も世間話のように私に話してくれるのです。

 

 フィリピンの医療を語るにあたり、海外保険を加入していることでキャッシュレスにてVIP待遇を受けることができる日本人や外国人の視点のみでは語れないのです。

 

フィリピンの医療の現状

BAYSIDE ENGLISH CEBU には、校内に講師寮があります。講師寮にはピーク時期には50人近い講師たちが滞在していました。講師寮に滞在する講師のほとんどは、ドマゲッティや地方からのセブに出稼ぎに来ているのです。

地方の一般的な(中流階級)のフィリピン人は、親戚一同で小さな集落を作り大勢の家族で生活しています。そして、家族の中で一番成績の良い子供の教育にお金をかけ夢を託すのです。大学を卒業した子供は都会に出て働き、稼ぎ頭となって家計を支えるのです。 また、次の稼ぎ頭となる兄弟達の教育を支えるのです。

BAYSIDE ENGLISH CEBUの講師寮に住む講師たちは、家族の期待と夢を背負った子供達であるのです。

その大切な子供達を預かっている私や経営チームの責任は大きいのです。

時には病気し病院に運ばれることもあります。夜間緊急で病院に運ばれる場合は一般のフィリピン人は公立病院に運ばれるのです。

フィリピンにも、日本の国民保険と同じようなフィルヘルスという医療保険があります。その他、年金(SSS)、国の住宅購入費積み立て(Pag-ibig)の社会保証があります。

私は職員全員にそれらの福祉制度の加入を義務付けました。会社が月払いの半額を負担し半分を給料から差し引くのです。

特にフィルヘルスに関しては、職員が病気した際に後日申請すれば治療費の50%〜60%返金されるのです。

ただ、日本との医療保険制度の違いは、フィルヘルスの適応は公立病院のみに限られているのです。そして、最初に全額を現金で支払わなくてはいけないのです。

すなわち現金がなければ治療はできないのです。

フィルヘルスに加入していれば治療費は後で申請して数カ月以上も後に返っています。

夜間、学生寮滞在の講師が緊急を要する急病となった場合、セキュリテーガードから、私のボディガードであるドイに連絡が行きます。

そして私が現金を持って公立病院に行くのです。別に私が行かなくても現金をドイに持って行って貰えばいいのですが、16年間医療に携わった私は他国の医療現場に興味津々であるというのが本音であります。

公立現場の医療現場は目を疑わざる得ない状況でありました。

病室には看護師一人が通ることができるスペースのみを開けてベッドが密接しているのです。そして、病室に入りきれないベッドは、廊下を埋め尽くすのです。 また、野外のガレージのようなところにもベッドが置かれ患者はそこで治療を受けているのです。

床には、採血や点滴で使用した注射針がたくさん落ちています。多くのフィリピン人たちはゴムスリッパを履いているのです。万が一注射針を踏むことになれば感染症に罹患する危険性があるのです。

ナースステーションらしきところには誰もいません。看護師を探してもなかなか見つからない状況なのです。

ナイチンゲールは、病気や感染症を治癒するためには、まずは環境を整えることを説いています。

しかし、フィリピンの公立病院自体が感染源であるのです

日本だとの国の医療監査が入りすぐに病院閉鎖となるでしょう。

だが、フィリピンの国の病院がこのような状態であるのには驚かずにはいられません。

 

ボディガード、ドイは看護師である私に彼の祖母を観てほしいとお願いしました。

彼の祖母が足の切断手術をするように医師から言われたのです。

彼の祖母の片足切断手術の3日前でありました。

私は、彼の祖母の入院する公立病院の外科病棟に行きました。

ドイの祖母は、セブ市内より5時間ほど離れた山奥に住んでいます。郊外や田舎に住んでいる人は、重症になればセブ市街の地方からの患者を受け入れる専門の公立病院に送られるのです。

 

ドイの祖母は廊下のベッドで寝ていました。廊下の両方の壁にベッドが隙間なく設置され、足を切断した患者や固まって古くなった血液が包帯の上から見える状態で放置された患者達が横たわっています。

暗い病院内は、クーラーもないのです。暑い中、病院の薬品の匂いとはまた違う異臭がしています。そして、地方から付き添いで来た家族は座る場所さえなく患者と一緒にベッドの上に座っているのです。

 

人が入り混じっているのです。

また、ある患者の太もものデブリートメント(腐った肉芽を切り取る)手術が廊下のベッドの上で行われているのです。それも血や肉芽が飛び散っています。メスも切れ味が悪いようで、まるで切れ味の悪い包丁でギリギリと豚肉を削ぐように手術が行われているのです。

私は、興味津々に患者の血が目に飛ばないように注意しながら手術を覗き込んで見ていました。

廊下を通る人は、廊下で行われる手術の状況を目にして廊下で吐いていました。そして、その吐物は誰も清掃しないのです。

 

ドイの祖母は、片足の甲に野球ボール大の傷がありましt。

糖尿病で足の血流が悪くなり、すぐに足を切断しなければ命が危険になると医師に言われたらしいです。

糖尿病の末期には確かに血流障害によって足先より順に壊死(腐る)し、切断をすることがあります。包帯から少し出ていた足の指は黒く壊死しているようにも見えるが色が黒いのか汚れているのか見分けがつかないのです。

そして、ドイは、祖母は糖尿病と診断されたことはないと言うのです。

足の甲には、足背動脈という大きな動脈が通っています。

私は包帯の上からドイの祖母の足の甲を触れてみました。ドクドクと大きく振れるのです。そして、祖母は私が足の甲の傷に触れたことでしかめ面をしました。

 

血流障害なんて起きていません。知覚もあります。切断の必要なんてないのです。

 

そんなことは日本の新人看護師でもわかるでしょう。

医師の知識が相当低いのか、もしくは、切断すれば一度に大金が入るのか。そして、治療するより早くベッドが空くからでしょう。

ドイの祖母の傷は、リオやヨセフが罹患した蜂窩織炎です。

私は、ドイに、すぐに手術をキャンセルし祖母を家に連れて帰るように指示しました。そして、薬局で抗生物質入りの軟膏、副腎皮質ホルモン入りの軟膏と消毒液と包帯そして歯ブラシを購入し、ドイに毎日清潔な歯ブラシを使って赤い血が出るまでゴシゴシと祖母の足の傷を洗浄後、消毒液と軟膏塗布をするよう指導しました。

そして、数ヶ月後、祖母の足は治癒し田舎に帰ったとドイより報告が入ったのです。

 

ドイの話によると、ドイの祖母の入院中に顔中にガラスの破片が刺さった2歳くらいの子供が運ばれて来たと言います。

しかし、その時に両親は持ち合わせの現金がなく治療しないまま病院から追い出されたと言います。母親は泣きながら病院職員に助けをお願いしましたが取り合ってもらえなかったのです。ドイも周囲の人も助けてあげたくてもお金がないのです。自分や家族の治療費で精一杯で助けることもできないのです。

フィリピンの医療現場では、命までもお金で買わなくてはいけない現状があるのです。

 


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38. 日本医療現場の真実


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