31. 走り続けた末の悪夢

走り続けた末の悪夢

2016年、BAYSIDE ENGLISH CEBU RPC キャンパスからの移転を余儀なくされた私達経営チーム(アドミンチーム)は、土地探しから始まり、セブ、マクタン島コルドバに1、1ヘクタールの土地を購入、4階建ての学校と学生寮の建設、そして、現地政府認定学校(DepED)の認定申請、同時進行でBAYSIDE ENGLISH CEBU第2キャンパスであるプレミアムキャンパスの新ドミトリーの建設。

2016年始めより、BAYSIDE ENGLISH CEBUは走り続けていました。

2016年8月中旬、フィリピン教育省(DepED)の申請も終え全てが動き出しました。着々と夢に向かって進んでいたのです。

 2016年、私達経営チームが土地購入から学校建設そして学校認可の申請と走り続けていた間、語学学校BAYSIDE ENGLISH CEBUの学生管理、マーケット管理(学生受け入れ管理)について、日本人職員の松井元輝、土原裕人に一任していました。

2016年8月中旬、BAYSIDE ENGLISH CEBUには、両キャンパスを合わせ約300人の学生が滞在していたのです。

 

私は、教育省(DepED)の申請を終えやっと一息つきBAYSIDE ENGLISH CEBUの予約状況を見て血の気が引いたのです。

 

マーケットの失敗:激変していた留学生

2016年、8月中旬、フィリピン教育省認定手続きが完了し、予約状況を確認すると、8月には300人の留学生が9月から激減しているのです。

9月末の予約状況はRPCキャンパス、プレミアムキャンパス合わせて27名のみとなっていたのです。

BAYSIDE ENGLISH CEBU開校以来学生数がここまで激減した事はありません。

最低でも100人以上の学生数は保持していたのです。

 

短期留学ができるフィリピンでの語学学校では確かにオフシーズン(繁忙期)とオンシーズン(閑散期)があります。7月、8月は日本、韓国、台湾、中国共に夏休みに入ります。その時期はオンシーズンであるのです。

そして、12月から翌年2月までの2ヶ月間、韓国の長期冬休みがありまっす。オンシーズンが始まります。

続いて、2月、3月、台湾の旧正月休み、日本の春休みとオンシーズンが到来してくるのです。

子供や親子留学が多いキャンパスは、各国の長期休暇に学生数は左右されます。

そのため、予め3ヶ月以上の長期留学生受け入れ枠を設定し、予想されるオフシーズンに備えるのです。

BAYSIDE ENGLISH CEBU開校以来そのことは指導してきました。マーケットチームは知っているはずであります。

7月8月の予約をすべて、夏休み期間の短期留学の学生で埋めていたのです。

夏休みが終われば必然的に学生は各国に帰国します。夏休み期間が終われば学校は閑散としてしまうのです。

 

彼らにその知識がなかったのか?知らなかったとは言わせません。特に松井元輝は2013年よりBAYSIDE ENGLISH CEBUで勤務している何度もの繁忙期、閑散期を体験しているのであります

しかしながら、彼らを責めることはできません。

なぜならばそれはすべて経営者であった私の責任だからです。

また、日本人スタッフを責めることができない理由があります。

海外で雇用した日本人職員は長期雇用を見込めないことが多いからです。

彼らは、現地物価に担って日本で働くより安い賃金で働いています。それでもフィリピン人の約5倍の給料であります。

そして、日本企業のように日本人に対しての福利厚生が整っていない現地資本会社の職員として、彼らは一生を送るつもりなどないのです。

海外で働く経験として、彼らは働いているのです。また、働きたい日本人職員を探すのも簡単ではないのです。

ある意味、日本人職員は学生と同じようなお客様職員であったのです。

フィリピンでの経営の裏や辛い側面を見せるわけにはいきません。

いつも綺麗な学生相手の表舞台に立って働いてもらう必要があるのです。

日本人職員を中心にした外国人職員の雇用人材は、時期によって当たり外れがあります。

そのことも念頭に置いていました。

彼らに一任した私のミスであったのです。

 

2016年夏のマーケットの失敗が、全ての出来事の始まりでありました。

 

私は、現在このマーケットの失敗は、松井元輝、土原裕人の能力の低さではなく、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博によって計画されたBAYSIDE 乗っ取り策略の一部であったと考えています。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBUには、松井元輝や土原裕人のような愚かな日本人職員ばかりではありませんでした。

フィリピン人職員たちと共存していった素晴らしい日本人職員達も多くいました。

その素晴らしい職員に囲まれたいい時期に、そこに松井元輝もいたのです。共にBAYSIDE ENGLISH CEBUファミリーとしてそこにいたのです。

彼を100%信用してしまったのは、その素晴らしいメンバーに支えられていた時期があったからでしょう。

とにかく、300人学生収容規模の学校に8月中旬時点で、9月の予約が27名では運営は難しいのです。

 

第一キャンパス(RPCキャンパス)の閉鎖

9月には300人滞在していた7月、8月の電気代の支払いがやってくきます。

フィリピンでは、電気代は日本と同じ、もしくは日本より高額なのです。

ピークシーズンの電気代は、1ヶ月100万円を超えるのです。

そして、マンツーマン授業が主流のフィリピン留学では、300人の学生には300人近い講師が必要であります。9月には、ピーク時期の300人の講師達の給与もやってくるのです。

そして6500坪と広大な敷地であるRPCキャンパス、巨大プール等の施設管理料の莫大な支払いが予想されます。

その上、1ミリオンペソ(約220万円)の家賃を支払わないといけないのです。

幸いプレミアムキャンパスについては、2年にも及ぶ土地抗争の結果2017年5月まで賃貸料金の支払いは必要はありませんでした(フィリピンビジネス光と闇!契約に潜む落とし穴)

それでも、それらの支出を27名の学生の収入から補うことは不可能でありました。

そして、9月入ってからの時点でのオフシーズンの新規学生申し込みは限られています。

それに加え、その時期、2016年9月アブサヤと呼ばれるイスラム過激派がフィリピンミンダナオ島のドテルテ大統領の故郷で爆弾テロを起こしたのです。その事も大きく影響し一時的にフィリピン留学ブームは停滞していたのであります。

そして、BAYSIDE EGLISH CEBUには、12月には韓国人30名にも及ぶ子供キャンプが予約されていました。

子供キャンプの前に破産すれば大問題となってしまいます。

私は、すぐにRPCキャンパスからの移転を決断しました。

RPCキャンパスの学生全員をプレミアムキャンパスに移すのです。

そして、2017年3月にはコルドバで建設している新学校の語学学校分野のみ先に開校させる計画を立てました。

 

そして、2016年10月2日、急遽、RPCキャンパスを閉鎖し全ての学生、職員を引き連れてプレミアムキャンパスに移転したのです。

 

苦渋を迫られた人員削減

2016年10月2日、RPCキャンパス学生、職員全員プレミアムキャンパスに移転しました。

RPCキャンパスには、学生の閑散期でも100人ほどの学生が滞在し、学生の多いピーク時期には300人近い学生が滞在していました。

その学生達の生活を担う人数の正社員達が存在していたのです。

私たち経営チームは苦渋の決断を迫られました。

最大学生収容人数50人の小さなキャンパスに多くの職員は必要ないのです。

彼らフィリピン人職員達は家庭を支えていることも、BAYSIDE ENGLISH CEBU創立以来、BAYSIDE ENGLISH CEBU を支えてくれていた事も痛いほどわかっています。

しかし、会社を守るために人員削減をする必要があったのです。

 

私たち経営チームは人員削減にあたり労働法担当の弁護士ルステラを短期間常駐で雇用しました。

暴動を防ぐために事務所は私の自宅に移し、そこで経営チームと弁護士ルステラが随時集まりました。

雇用者を解雇するためには、解雇される雇用者に法律で定められた資金を支払わなくてはいけません。セパレーション費用(解雇費用)として、働いた期間に応じて半年働けば1ヶ月分の給与、すなわ BAYSIDE 開校以来4年働けば職員には8ヶ月分の給料、そして、13マンスと呼ばれるボーナスのようなものを会社は支払う義務があるのです。

まずは、解雇される職員の選別と支払い金額を算出します。そして、弁護士より法的説明の上、解雇2週間前に解雇通知が出されるのです。

次に、保証金の支払いとともに、解雇について苦情を言わないという書面に署名をしてもらうのです。また、人事より新学校開校時の再雇用の希望についても話されるのです。

特に食堂職員やクリーナー、メンテナンス等の大学を卒業していない者にとって、職を得ることはこの国では容易くないのです。

彼らにとって職を失うということは家族の生活や彼らの子供達の将来の教育にも大きく影響を及ぼすのです。死活問題なのです。

そして、彼らも新学校開校を夢見ていたのです。

彼らは、ママ綾子が自分たちを解雇するわけがない。どうしてもママ綾子と直接話したいと訴えました。

それは、オーナー私に対しての恨みにつながる危険性があると彼らの訴えは弁護士によって阻止されました。

解雇リストには30人余りの職員の名前が上がりました。

しかし、3−4人解雇した時点で日本人職員である松井元輝、土原裕人に阻止されたのです。

弁護士作成の通知を日本人職員が撤回したのです。

日本人職員の背任行為

弁護士作成の通知を日本人職員が撤回したのです。

解雇通知を受け取った職員達の通知状を、日本人職員の独断で“無効”を言い渡したのです。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBUの経営はフィリピン人と私で行われていました。

日本人スタッフはマーケット部門、学生対応をする一職員でしかないのです。

しかし、富裕層でないフィリピン人達は、日本人や外国人の指示はフィリピン人の指示より強いものと考えてしまう傾向にあるのです。

そして、その指示が自分たちにとって都合のいいものであるほどフィリピン人管理職の指示より日本人職員の指示に従うのであります。

 

土原弘人の言い分は、職員を解雇することは人道ではない。

解雇宣告を受けた職員は心情を学生に話す。解雇される職員に同情した学生は学校に苦情を訴える。その苦情は僕たちが対応しなくてはいけない。というものでした。

そんなことは十分に理解しています。

しかし、学校を守るために仕方ないことでありました。そのことを、経営に一切接していない学生ケア担当の土原裕人に何度説明しても理解は得られないのです。

そして、解雇通知された職員達は、日本人職員という強い味方をつけ凶暴になっていったのです。

人事の女性職員にスキュリュードライバーで脅す職員、食堂に材料監査に向かった管理職員に食材を投げつける職員、彼らは狂暴化していったのです。

そして、人員削減は不可能なものになってしまいました。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBU閉鎖

BAYSIDE ENGLISH CEBUを他社に売却することによる再建の道も考えました。

2016年10月末、信頼出来る日本企業との間でプレミアムキャンパスの経営の移行とBAYSIDE ENGLISH CEBUの計画倒産の商談が進めました。

そして、、建設中の新学校BAYSIDE GLOBAL SCHOOLとして再起を図るのです。

同時に、セブ島での日本人社会と繋がりがある東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博にもBAYSIDE ENGLISH CEBU の現状について相談しました。

山中博は、当時、セミナーで日本に11月初めより12月初めまで日本に滞在する。俺も日本で色々考えるから、BAYSIDE ENGLISH CEBUのキャッシュフローとスカイプに送って欲しいとの事でありました。

BAYSIDE ENGLISH CEBUのキャッシュフローについては、すべての学校情報のIT管理をしていた松井元輝に山中博のスカイプに送るよう指示をしました。

BAYSIDE EGLISH CEBUの再建を考えるとともに、私たち経営チームは、新学校が開校するまでの期間、学校を閉める事を決断したのです。

それは、信頼出来る日本企業にBAYSIDE プレミアムキャンパスの経営移行の話がまとまったとしてもBAYSIDE の一時閉鎖は必須であったのです。

そして、80%完成したBAYSIDE GLOBAL SCHOOL 学校建設、学生寮建設を一時中止しました。2016年10月末のことであります。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBUの閉鎖について、連日、弁護士ルステラを含め経営チームの会議が私の自宅で行われました。

BAYSIDE ENGSLISH CEBU閉鎖計画は極秘事項として進められたのです。

なぜならば、12月中旬より韓国冬季シーズンが始まります。

BAYSIDE ENGLISH CEBUプレミアムキャンパスは、12月から2月末まで、韓国からの子供留学で満室状態になっていました。

韓国子供キャンプの前にフィリピン人達の暴動を起こすわけにはいきません。

フィリピン人職員たちにつては、学校閉鎖による職員解雇の法的対処についての目処は立ちました。

次にマーケット(学生の受け入れ)を閉じなくてはいけません。

その頃、すべてのマーケットは日本人職員によってコントロールされていました。そして、同時期にBAYSIDE EGLISH CEBUの留学生からの入金に関する会計、学生管理ITシステムは、2016年より松井元輝によって作成された新システムが導入され管理されていたのです。

BAYSIDE ENGLISH CEBUの日本口座、フィリピン口座のインターネットバンクも松井元輝に管理を任せていたのです。

2012年BAYSIDE ITシステムは、私、佐々木綾子が管理者であったドロップボックスというサーバーに保管され職員間で情報の共有がされていました。

しかし、新データーITシステムは、私が管理者であるドロップボックスより松井元輝が管理者と設定されたグーグルドライブに移動し保管されたのです。

IT知識の乏しい、そして松井を100%信用していた私は、そのことに疑問に思うすらなかったのです。

学校閉鎖について、フィリピン人職員達の対処は法的手段を用いて対応できる状態にまで整備されました。

 

問題は、マーケット(学生の受け入れ)の停止でありました。学校を閉鎖をするにあたり、留学生の受け入れを停止しなくてはいけないのです。

それには、主要マーケットを管理する日本人職員達の手助けがなければ不可能なものであったのです。

日本人職員に閉鎖計画を告げる必要がありました。

BAYSIDE ENGLSIH CEBUの職員は全員、留学生からインターンスタッフを経て職員になった者ばかりでした。講師達とのつながりも深いのです。日本人職員から講師やフィリピン人職員への情報漏えいによる暴動も懸念されました。

また、学生ケアの表舞台綺麗なところのみしか見せていなかったお客様職員である日本人職員の突然の退職も懸念されました。

11月初めのことであります。その時期、松井元輝は日本に帰っていました。そして、土原弘人も突然日本に一時帰国していたのです。

今考えれば、東進ハイスクール元カリスマ講師山中博がセミナーで日本に帰国した同時期にBAYSIDE ENGLISH CEBUの主要日本人職員である松井元輝、土原弘人が揃って日本に帰国していたことになります。

私は、日本に滞在していた松井元輝に電話でベイサイドの閉鎖を決定したことを告げました。

 

松井元輝は言いました

BAISIDE を閉めるのであれば僕はセブに帰りません。多分、裕人さん(土原弘人)もセブに帰らないと思います」

学校データー管理を一任している松井元輝が突然辞めること、2ヶ月後の韓国人子供キャンプで満室となる直前に学生ケア担当の土原裕人まで、突然辞めることになればBAYSIDE ENGLISH CEBUの運営が回らないのです。

私は松井元輝に、BAYSIDE 閉鎖の事は土原裕人には秘密にしてほしい。

そして、松井、土原共にセブに至急に帰ってくるよう指示したのです。今後の方向性については直接セブで話し合いましょうと。

 

同時に私は、学生受け入れ担当の職員と韓国人職員に、学生受け入れの一時停止を指示しました。

時期は韓国のバケーション時期が終了し学生達が自国に帰国した直後の2017年3月5日に設定したのです。

 

2017年3月5日までに卒業する学生のみを受け入れるのです。3月15日以降に留学期間をまたぐ学生の受け入れは満室等の理由をつけて断るように指示を出したのです。

11月はじめの時期には、3月5日をまたぐ学生は2名−3名だけでありました。学費返金も保障も他校への転校も十分可能であったのです。まだ、マーケットを閉じることが容易い状況でありました。

そして、松井元輝と土原裕人はセブに帰ってきました。

 

土原弘人については、私がプレミアムキャンパスの土地裁判や土地購入から建設、学校認可申請等に忙しくなりマーケット(留学生受け入れ)業務から離れてからの職員であった事もあり、松井を介しての接点しかほとんどなかったのです。

信用できるかもわかりません。

私は、BAYSIDE ENGLSISH CEBUの閉鎖計画を極秘事項として、松井元輝のみに現状を話しました。当時、唯一信用できる日本人職員は彼のみであったからです。

また同時に、日本企業と話し合いが進められていたBAYSIDE ENGLISH CEBU プレミアムキャンパスの経営移行についても松井元輝に相談しました。

 

東進ハイスクール元カリスマ講師山中博の操作の影

松井元輝は言いました

「僕は OO会社の下で働くなら今すぐにでも辞めます。学校データーもどうなるかわかりません。すぐ日本に帰ります。裕人さん(土原)も辞めるでしょう。お願いですヒロさんがセブに帰ってくるのを待ってください。綾子さんヒロさんに相談したのでしょう。ヒロさんはBAYSIDE の為、綾子さんの為にすでに動いているのですよ。ヒロさんを信じて下さい」と…

そして、2017年3月5日に設定したマーケット停止の私の指示は松井元輝によって撤回されました。

また、すぐに私によって学生受け入れ停止の支持が出されるという状況が繰り返されたのです。

当時、私は、松井元輝はBAYSIDE ENGLISH CEBUへの愛情から、BAYSIDE ENGLISH CEBU を続けたかったのだと受け止めていました。

それは、大きな間違いであったのです。

 

彼の心はすでに野心に満ちていたことを、私はすべてを失った後に気付くのです。

弁護士ルスステラは、経営者の指示に従えない職員はすぐに解雇するよう助言しました。

また、フィリピン人職員と想定される者から多くのメッセージが私の携帯電話に届いたのです。

松井元輝と土原弘人を名指し、彼らは何かを企んでいる。注意しろという内容でありました。

なぜ、フィリピン人職員と想定されるのかといえば、内部情報を知っている者の内容であった事、そして、私の携帯番号を知る者は経営チームもしくは各部署のリーダー及び事務員達に限られているからであります。

そして、経営チームリーダーより左腕ボディガードのドイに、松井元輝は綾子が席を離した途端に日本人職員達を会議室に集めて密会しているという報告が入りました。

私は彼らの忠告に耳を貸さなかったのです。

2013年より共に働いた松井元輝を信じきっていたのです。

もう一つの理由は、1ヶ月後に迫った12月から2月末にかけての3ヶ月弱にわたる韓国子供キャンンプに備えて、すべての学校データーを管理している松井元輝と学生ケアを総括する土原裕人に突然辞められることへの恐れがあったからであります。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBUの略奪は計画されていた

2017年2月9日、私は東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博、松井元輝、土原裕人よりフィリピンから追放され日本に帰国しました。

 

そして2017年6月フィリピンで彼らと戦う決心をし、再びフィリピンに戻ってきました。

私のフィリピンの携帯電話は2016年11月より未払いとなっていました。

私は2016年11月からの未払い分の携帯電話代金を支払い、携帯電話を復活させ元経営チームのメンバー達に連絡を取り極秘に集まりました。

彼ら全員、すでにBAYSIDE ENGLISH CEBUを去っていました。

2016年12月より、彼らフィリピン人職員達は松井元輝の行動に不信を抱いていたと言います。

私たちはずっとママ綾子に警告をずっと送ってきました。

私たちはママ綾子と一緒に多くの困難を乗り越えてきました。

最終的にはママ綾子は私達より松井元輝を信用したことが悲しくてならないと彼達は涙を流したのです。

 

彼女たち曰く、2016年12月に、すでに松井元輝の指示のもと私の携帯電話の支払いは停止されたのです。

フィリピンでビジネスをするためには9Gというビジネスビザが必要であります。

私のビジネスビザは2017年4月に満期完了になる予定でした。

そのため2016年10月より更新の手続きが進められていたのです。その手続きも2016年12月に松井元輝よりイミグレーション(税関)担当職員に停止するように直接指示されていたというのです。

私をフィリピンから追放することはすでに計画されていたのです。

松井元輝にはリーダーシップはありません。外部からの指示に動いていたことは間違いないのです。

 

私は松井元輝の設定のもと、2016年12月9日、セブ、マクタン島の日本食レストランにて、山中博と会ったのです。

 


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31. 卑怯な東進ハイスクール元カリスマ講師に乗っ取られたBAYSIDE ENGLISH CEBU乗っ取られたBAYSIDE


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