アフターコロナ

久しぶりにブログを書きました。9ヶ月ぶり。

幸せって、、、

 

現在、フィリピンセブ南部の田舎街でロックダウン中。

本来ならば(コロナがなければ)私はフィリピン、セブ市街より南に4時間車を走らせた田舎町モアルボアルで、ゲストハウスと以前に私が運営していた英語語学学校を再建していたはずだったのですが、、、

コロナで、ここセブ島でも突然のロックダウン!外国人の入国禁止、ほとんどのビジネスが営業禁止!街は軍隊と警察官に囲まれて、外出も移動も制限されています。

特に観光業や飲食店、サービス業は、このコロナのロックダウン(日本で言うと自粛)で、1年くらいは厳しい状況になるでしょう。

 

もちろん、ここセブ島だけではなく、日本も世界中の多くの人が、今まで積み上げてきたビジネスが一気に崩れ去り、不安と絶望の中に落とされた事でしょう。

 

だけど、私は、今、不安も絶望感もほとんどありません。

 

それは、新たなビジネスチャンスを見つけたわけでもなければ、、、将来的な希望が見えたわけでもなく、、、経済的に余裕があるわけでもないのだけれど、、、

 

たぶん。2017年から2年間、恐怖、孤独、絶望と怨念の中のどん底の中にいたから、、、生きて行けなかったから、一度死んだから、、、そのどん底から這い上がってきたからだと思います。

3年前、私はひとり、フィリピンの田舎街で、恐怖と絶望、孤独、怨念の中で、家族とも息子とも仲間達との交流を一切遮断して、公開しない”REVENGE” というタイトルのブログを100件以上書き続けました。それは、書き続ける事で恐怖から逃れる為、恐怖を恨みや復習に変える事でしか生きられなかったからだと思います。

あの時の恐怖と絶望、孤独そして怨念、眠ることのできない夜を思い出したら、今は何もかもが幸せでしかありません。

例えば、恐怖、孤独、絶望と怨念の中で見たこの海辺の夕日さえも綺麗だと気付かなかったんです。

現在、私は、息子と仲間達と一緒です。夕日が綺麗ってことにも幸せを感じるし、3回の食事を作る事にも、毎日洗濯物をすることも、息子に怒鳴り声を上げることさえにも幸せだなってしみじみ感じています。特に、夜、眠れる事が一番の幸せとも思えます。日常の些細な当たり前の事がこんなにも幸せだったんだと、、、

絶望と恐怖の中で考える事

フィリピンセブ島で私が恐怖、絶望、復習と至った経緯については、刑事事件として現地の新聞やニュースになりました。そして、多くの人が事件について記事にしてくれていますのでそれを参考にして下さい。

セブ島留学<超ブラック>3大事件まとめ

事件については、もう、示談もが成立した事ですのでこのブログでは触れません。

ただ、今、コロナで、ここフィリピンでのロックダウンや、世界での規制(日本では自粛)の中で、今まで築き上げてきたビジネスが崩れ落ちていく恐怖や絶望の中にいる人に伝えたいと言う思いだけで書いています。

私が絶望と不安の中で考えた事は全て間違っていました。

私は、2017年はじめ、会社を乗っ取られ、そして全てを失いました。私が、絶望に至った理由は、私の大切な人、息子や両親そして私の仲間達の安全が脅かされた事が大きかったと思います。

不安と恐怖の中にいる人は、正常な判断力を失ってしまします。普通に考えれば、他に手段があったでしょうが、、、、強迫観念、恐怖に支配されると判断力を失ってしまいます。

私の場合、犯罪者達によってキャッシュフローが止められてしまいました。そんな中、私の学校に滞在する子供達に食事を与えることができなくなる、餓死させてしまう。息子も家族も社会的に殺されてしまうと言う脅迫観念の中にいました。

そうなると、ネガティブな事しか考えられなくなってしまいます。

何度も、何度も自殺を繰り返しました。また、息子を残しては息子が不幸になるとも考えました。子供と一緒に死のうとも考えました。今、思えばありえない事ですよね。

でも、恐怖と絶望の中で狂ってしまうと、、、そんな考えしか浮かばないんです。

それを、阻止してくれたのは、私が経営していた語学学校のフィリピン人職員達でした。

狂った私の死を防御する環境を整えてくれました。だから、生きる事ができました。

自殺未遂て、めっちゃくちゃ惨めですよ。

貧困層だけが行く病院に運ばれて、警察の尋問を受けて、、、わけのわからんフィリピン人にいっぱい説教されて、、、死んだ目でそれを聞く自分。今、思い出しても惨めさしかないです。

その後、私の経営していた会社のフィリピン人職員によって、インターネットどころか携帯の電波も届かないフィリピンの山奥に隔離されました。

それが、今、私が生きている結果となりました。

 

絶望の中、何にもない山の中の生活を書いた私のブログです。

フィリピン山奥の生活

 

生きる

何が言いたいかと言うと、、、

生きていれば、考えを少し変えれば、未来があるっていう事です。

今、コロナによるビジネスの禁止(日本では自粛)。家族はどうなるのだろう? 職員達は? 色々な責任感。そして将来が見えない大きな不安がみんなあるかと思います。

だだ、生きている事で、いつか見えてくるものがあるかと私は思います。

何が、見えてくるのか、人によって違うと思うし、私にはわかりません。

価値観が変わった時に見えてくるもの、そして、今までの景色も変わってくるかと思います。

だから、コロナ以外で誰も死ぬ必要はないって事!

コロナの効果

コロナによって、世界中の多くの人が、想像を絶する困難の中、色々と考えることができたと思います。

また、利益だけ追求したビジネスの在り方や、利害関係にも変化があった事でしょう

また、偽善者達が明らかになってきて、静かにコツコツと努力してきた人が表にでることができる社会になりつつあるのでは、、、と思います。

それについては次のブログで^^V

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“アフターコロナ” への2件の返信

  1. なんというか、改めてスゴイ人だ!と思いました。
    私も一昨年セブでひどい目に合い(私の場合はしれていますが)主人が人殺しになってしまうか、殺されるかどっちかだ。と判断して半ばマインドコントロールで今はフィリピンの別の土地に住んで以前より平和な日々を送っています。
    それは、今は私が選んだ人しか付き合わない。信用できる人たちだけと友達を続け、そして新しい仲間を作っていけたからです♪
    信念をもって行動するれば運命は変えられる。今、主人が初め考えていた事業をするのは難しいだろうし、すごいストレスがあると思うけど、それが消えてなくなるくらいの新しいことを日々考えてワクワクです!
    いつも応援してます!

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