36. リオのセブ島

リオのセブ島

約8年前息子リオが4歳の時に、リオと私はセブ島に移住してきました。

彼の4歳から11歳までの7年間の成長も生活も夢もセブ島にあったのです。

彼はセブの彼の社会の中で輝いていました。

リオは、アテネオと言う名のフィリピン人社会の中では、有名私立学校に通っていました。

有名だからリオを通わせたのではなく、リオと私が暮らす住宅街の子供達の多くがアテネオに通っていました。友達と同じ学校に行きたいとのことからであります。

セキュリティの整った住宅街に住み有名校に通うことができる子供達は上流階級の子供達もしくは外国人であります。

何の根拠を持って上流階級というのか一般階級というのかははよくわかりませんが、私の中では月収2万円から5万円のBAYSIDE ENGLISH CEBUの大学を卒業した講師たちの家庭が一般階級と位置付けています。

そして、月収30万円以上、セキュリティの整ったビレッジに住み子供を有名私立学校に通わせることができる家庭を上流階級と位置付けているのです。

上流階級のごく一握りに富裕層がいます。富裕層の家庭は日本のお金持ちとは桁が違う豪華な暮らしをしているのです。

リオにとって、住宅街(ビレッジ)やアテネオは居心地は良かったのです。

それは、言語にもあります。フィリピンには、80以上の言語があります。地域によって言語が違うのです。例えば、マニラではタガログ語が話され、セブではビサヤ語が話されているのです。

以前、リオが通っていた学校Regent Pacific Collegeには地域の子供達が通っていました。授業は英語で行われます。しかし、子供達は現地語を使う方が意思表示しやすく楽なのです。

休み時間には現地語で話すのです。リオも現地ビサヤ語は話せるも堪能ではないのです。

英語の方が彼にとって楽でした。

有名私立学校には、フィリピン各所からの学生が在籍しています。

父親の転勤でマニラからセブに移り住んだ子供も多いのです。そして、ヨーロッパ人、アメリカ人、韓国人を中心とした外国人も多いのです。

そして富裕層の家庭では、英語が彼らの言語になっているのです。

富裕層の子供達の中には、現地語がわからない子供も多くなってきています。

その為、必然的にビレッジや、有名私立学校での全ての会話は英語となるのです。

それは、外国人学生にとって居心地が良い環境であるのです。

 

余談ではありますが、マニラやセブ等の都市部を中心に英語が共用語になっている中で、特に富裕層をの子供達の中で、母国語を知らない子が増えています。

その事に、フィリピン文化や母国語文化が退化するのではないかと危機感を持ったフィリピン教育省(DepED)は、2015年導入開始したK12のカリュキュラムに母国語の授業を必須科目として導入したのです。母国語の授業とは、英語でもなくタガログ語でもない、地域の言語です。セブではビサヤ語となります。それくらい、現在フィリピンの富裕層の間では英語が母国語になりつつあるのです。

K12というのは、日本の6−3−3年制度のようなものであります。フィリピンでは小学校から高校までの過程が10年間でありました。しかし2015年より、日本やアメリカと同じように12年間となったのです。

 

リオには、学校でも住宅街でも国籍関係なしに多くの友達がいました。

週末には多くの子供達が自宅に集りました。リオと子供達のために料理を作ること、そして、子供達と庭でバーベーキューをすることが私にとっての唯一の楽しみであったのです。

リオは私と似て、家族で学校等の彼の世界のことはあまり話さないのです。彼らの会話を聞いてることで、リオの学校生活や思考をイメージし微笑ましい気持ちになれるのです。

生まれて4年しか経験のない日本文化であってもリオにとっての日本は母国であり、また憧れの国でもあったのです。

何かとつけて日本の事を自慢するのです。

セブには、電車がない。日本に電車が走っている事でさえ彼にとって自慢であったのです。

知ってる?日本にはどこ行くにも電車で行けるんだよ。それも道路の下に走ってるだよ。と自慢するのです。

すると、スエーデン人の友人ジミーが、スエーデンにも地下鉄はあると自慢します。

そこからはインターネットで、みんなで色々な国の電車の検索が始まるのです。

 

特に、ドイツ人のマークとマイケル兄弟は、家族のように、週末にはどちらかの家に泊まり行動を共にしていました。

彼らの父は、彼らの母親と離婚し、フィリピンで父親ひとりで彼らを育てていました。

もちろん、子供達の世話をするシッターさんやヘルパーさんはいます。そして、ガールフレンドも。

彼らのホテルのような豪邸には、そこには大きなプールがあります。リオはプールで彼らと遊ぶ事を楽しみに週末には彼らの家に泊まりに行くのです。そして、彼らの父親が仕事でドイツに帰国する際は、彼らは私たちの家に泊まりに来ていました。

子供の教育や進学の事で彼らの父親とよく話をしました。

マクタン島には、マクタンニュータウンという大きなコンドミニアムがあります。一つの小さな町のようになっているのです。

2017年に、そのコンドミニアム街にラサールという有名校の開校が予定されていました。

彼は、コンドミニアムを3ユニット購入しました。彼によるとコンドミニアムを購入するとラサールに入学しやすくなるらしいのです。

そして、2017年の6月、彼のコンドミニアム購入名義を使って、リオ、マーク、マイケルの3人を入学させる計画を彼らの父親と立てていました。

マクタン島の自宅からセブ市街アテネオまで、朝の渋滞時間には2時間以上かかるのです。スクールバスの送迎はあるものの往復5時間ほどかけて通っていたのです。

同じように英語が主要言語で話せる学校が近くに開校すれば、それに越したことはないのです。

子供達も楽しみにしていました。

フィリピンの富裕層やフィリピンに住む外国人の多くは、子供達を高校もしくは大学よりアメリカ、イギリス等の海外の学校に入学させるのです。

ドイツ人のマーク、マイケルも、スエーデン人のジミーの両親も海外の学校への進学を考えていました。

子供達の間でもそのことは話されます。

どこの国がいいとか悪いとかの会話で子供達は盛り上がっていたのです。

リオの将来はリオが決めるでしょう。

しかし、彼らと同じように海外の学校に行きたいと決めた時のために準備しておかないといけません。

 

そして、リオを一人でアメリカなどに心配で到底出せません。

BAYSIDE ENGLISH CEBUの建設作業員や家具職人の雇用を行うセブの田舎町アレグレアより、14歳の男の子を引き取って世話をすることを決めました。

リオには兄弟がいません。

リオのお兄ちゃんとしてリオを守って欲しいからです。

名前はカイル。生活と私立学校の学費の援助、そしてリオと一緒に家庭教師をつけるのです。

カイルには、大学を出るまで援助をします。

そして、リオがアメリカやイギリスの学校に入学することになれば、リオと共に海外留学しリオを守ってほしいとお願いしていました。

フィリピンの田舎では、ほとんどが高校までの学歴なのです。それは、経済的な状況が大きいのです。高校卒業後、大工や工事作業員もしくは、農家の仕事に就き家計を支えるのです。

カイルにとっても、私の提案は彼の将来にとって大きなチャンスでもありました。

2017年2月、私が東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博にフィリピンを追放されるまでの2年間カイルは必死で勉強しました。

リオの数倍も勉強していました。リオが眠った後から朝方まで勉強していた事を私は知っています。

カイルも、将来に大きな夢を抱いていたのです。

また、彼はリオにとっても、最も信頼出来るお兄ちゃんとなっていきました。リオは眠る時は私もしくは彼の信用する人の耳を触りながら眠りにつくのです。その一つの耳はカイルでした。

 

2016年、10月からのBAYSIDE ENGLISH CEBUの多くの出来事による私の不安はリオにすぐに伝りました。

そして、12月始めより、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博と彼の率いる松井元輝、土原弘人によるリオの将来や命を脅かす脅迫が繰り返されました。

私の恐怖に怯えて潰れていく精神状態にリオはどうしたらいいのか不安だったに違いありません。

その頃から、リオは部屋に閉じこもるようになったのです。以前のような万遍の笑みを見せなくなりました。

そして、一人部屋に閉じこもり携帯でゲームばかりするようになったのです。

私にはわかります。

彼は不安の気持ちの持って行く場所がわからなかったのです。ゲームに集中することで不安な気持ちを回避していたのです。

2016年12月末には、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博と松井元輝はBAYSIDE ENGLSISH CEBU のフィリピン人職員を集め、私にBAYSIDE ENGLISH CEBUは倒産した発表させ、新経営者として東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博が名乗りを上げました。

この時、私はリオにBAYSIDEは、ママではなくヒロがオーナーになったと告げました。

リオもBAYSIDE ENGLISH CEBUと共に歩んできたのです。

リオは泣きました。

そして、それからお部屋のクーラーをつけなくなったのです。

彼なりに節約を考えたのかもしれません。

 

私の頭の中にはリオの将来は潰される。私は生きていけないという思いと、リオだけは守らなければという思いでいっぱいでした。

 

リオの学校が冬休みに入ってすぐにリオを一人で日本に帰国させたのです。

この時、私はリオと会うのは最後になるかもしれないと思っていました。

 

リオを日本に送った時より私の精神はすごいスピードで壊れていったのです。

そして、日本でひとりリオも私と同じように荒れていったのです。

 

現在、私はリオに輝きを取り戻すために、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博と戦うためにリオと離れて一人フィリピンの田舎町で暮らしています。

リオと離れてすでに半年以上が経過しました。

私の考える事は、毎日、毎日、リオの事しかありません。

私は、必ず東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博を法的、社会的に打ち倒し、リオと私が安全な状況を作り経済的に自立しリオを迎えに行ける状況を作ります。

もちろん、リオの人生の決定権は常にリオにあります。リオの意思が最優先であります。

ただ、リオの輝いていたセブ島での7年間を恐怖で封印させたくありません。彼の人生に7年間の空白は絶対に作らせる事はできません。

リオ、あなたがいるからママは頑張れるのです。

リオ、あなたは何も重みに感じる事はありません。

あなたのためだけではないのです。

あなたがいる事によって、ママが立ち上がる事ができるのです、歩く事ができるのです。あなたが生き甲斐となっているのです。

寂しい思いをさせてごめんね。

 


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