8.フィリピン・セブ島との出会い

セブ島との出会い

私たち親子とセブ島との出会いは今から約8年前、2010年夏、42日間の親子留学でした。

 

私の5年間の学校経営の中で、多くの学生や日本人スタッフ達との交流や経験の中で、日本人30代40代、特に女性が海外留学を決める理由は、日本社会に疲れ、英語が話せれば世界は変わるのでは…人生の転機として、…自分さがしに海外へ…という学生が少なくないと思っています。

 

また、セブ留学で人生が変わった。セブ留学をきっかけにセブに移住する人、セブで起業する人、世界に飛び立つ人も少なくありません。

 

フィリピン、セブ留学では、個室でのマンツーマンのプライベートレッスンを受けることができるのです。

マンツーマンでのプレイベートレッスンは、濃厚な授業だけではなく講師と学生の距離が近くなるのです。

時には恋や生活の悩みなども相談できるのです。また、講師より相談を受ける場面もあるのです。(学校としては、個人的な会話は禁止していましたが、私は学生が望むならそれもいいと思っていました)

そんな中で講師も学生もお互いのカルチャーに触れることができるのです。ストレス日本社会に疲れた学生は、フィリピン人講師との交流の中に、私たち日本人が忘れたかけたものを見つけるのです。

それは、幸福感の違いであったり、家族愛であったり、楽天的思考であったり…人によって色々あるでしょう。

もちろん、すべての学生がそうではありません。TOIECの点数を上げるためキャリアアップのため、脱段は許さない。楽天思考のフィリピン人にストレスを持つ学生もいます。

 

私は、まさにフィリピン人講師たちの中に私たちが忘れていたものを見つけたのです。そして、私によって人生の転機でもあったのです。

 

2010年、当時 息子リオ3歳、夫との3年近い別居生活にピリオドをつけ離婚に向けての協議をしていました。

私とリオとの生活は、今まで通りとはいかなくなるでしょう。その頃、幼稚園のお母さんたちはどこの小学校に受験するのかという話で持ちきりでした。

ホストファミリーとして外国人学生さん達との生活を楽しんでいる余裕もなくなるでしょう。

仕事も復帰しなくてはいけなくなるでしょう。

 

私は狭い狭い世界の井の中の蛙でした。

 

離婚、幼稚園のお母さん達の目。華々しく結婚退職をして3年後に離婚、同僚たちの目。

これから、どうしよう…とにかく、状況から離れて考えよう。

ちょうど、幼稚園も夏休みに入る前でした。

 

夏休み期間を利用して息子と海外に短期留学。

決めたら即実行。2週間以内の出国を目標にインターネットで検索を始めました。2010年当時は、短期の英語留学は、グァム、ハワイ、フィジーが主流でした。

色々問い合わせをしましたが2週間以内の渡航は難しかったのです。

 

そこで、目に止まったのがフィリピン留学でした。

現在でこそ、フィリピン留学の認知度は上がっていますが、その当時はほとんどの人が知らなかったのです。

フィリピンといえばフィリピンパブのイメージしかなかったのです。

そして、価格を見てびっくり安すぎるのです。

3食付き。1日6時間授業。ホテル滞在。欧米への留学に比べて三分の一以下の価格であります。

ありえない。怪しすぎます。

留学斡旋会社のホームページのお問い合わせをすると、2週間後でも1週間後でも入学は大丈夫ですと… ますます怪しい。

フィリピンには、看護師時代にダイビングで3回旅行しています。

 

しかし、今回は3歳の息子リオを連れていくのです。安全が第一です。確認しないといけません。リオを連れて問い合わせした留学斡旋会社の事務所に直接出向きました。

 

その、留学斡旋会社の事務所は大阪難波、自宅から車で約30分。繁華街から離れた古びたビルの中でした。

 

ビルの前には、決してサラリーマンとは見えないカジュアルスタイルの26、27歳くらいの痩せた青年が私たちの訪問を待ってくれていました。

難波アメリア村の三角公園で座っている若者と大差ない青年でした。彼は、薄暗いビルの中、人ひとりがやっと通れるくらいの廊下の奥のさらに薄暗いエレベーターを上がって事務所に案内してくれました6畳くらいの事務所にフィリピン語学学校パンフレットが数枚置いていました。

 

「あの〜すみません…社長さんとお話し出来ますか?」「僕がそうです。」「えっあなたが社長さんですか?」「はい。社員はいません 僕一人でやっています。」「あ〜一人でも社長さんね。」大笑いしました。

 

その後、青年はフィリピン留学の説明。「僕もセブ島に行きますので心配しないでください。現地でお会いましょう」自宅によく来る背広を着た胡散臭いセールスマンとは違う素朴で誠実な対応にリオと私はその場で1週間後のチケットを手配。セブ留学を決定しました。

 

現在、その青年の会社は日本に数カ所事務所を構え、フィリピンセブ島で2校の語学学校を経営しています。青年は素敵な青年実業家になっています。

 

フィリピンの経済はウナギ登りに上昇しています。

 

1980年代の日本のバブル期のようにあちらこちらでビル建設ブームが見られる。語学学校だけではなく、外資系企業が次々に進出してきています。

成功のチャンスが多く転がっています。

反面、騙され足元を引っ張られ奈落の底に突き落とされる例も多くあります。私も含め、奈落の底に落とし込まれた日本人も多く知っています。

 

2010年の夏、私たちの42日間のセブ留学が始まりました。


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9. 海外進出の第一歩 フィリピン・セブ島親子留学


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