52. フィリピンビジネス‼︎暗殺の危険:田舎町に避難

あらすじ

卑劣な東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博の策略により、2016年11月から2017年1月のわずか3か月で私は、日本人が設立するに困難とされるフィリピンセブ島で立ち上げた会社経営権とその会社の全資産、新校舎開設のために購入した11,000スクエアメーター(約3500坪)と、その新校舎と学生寮の80%建設が完了し、支払った80ミリオンペソ(約1億8千万円)、そのうえ、手持ち資産60万円ほどの貯金を残し、幼少期の頃から四半世紀以上もの期間、コツコツと貯蓄し続けてきた私の全財産及び40年間サラリーマンをした父の収入をコツコツ貯蓄した両親の財産 計円換算約6,600万円を奪われました。

そして、彼らの繰り返されらた私と11歳の息子、家族の生命や将来を脅かす脅迫に私の精神は著しく破壊され自殺を図りました。

彼らの生命を脅かす脅迫、暗殺を連想させる脅迫に恐れをなし私は2017年2月9日私は全てを捨て日本に帰国しました。

そして、日本で、卑劣な東進ハイスクール元カリスマ講師 山中 博と彼の駒である松井元輝、土原裕人を刑事告訴するために動きました。

しかしながら、彼らの詐欺、脅迫はフィリピンで起こったのです。そして、彼らによって奪われた私と家族の個人資金はフィリピンの銀行に入金しています。

どうしても、フィリピンで戦う必要があったのです。

また、幼少期から7年間の間、フィリピンセブ島で成長した息子リオの輝いていた7年間を恐怖に封印させないためにも、私たち親子の安全のためにも、卑劣な東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博と彼の駒である松井元輝、土原裕人を法的、社会的に成敗する決心が固まりました。

リオと約束しました。

私に1年間の時間をくださいと。1年後、経済的に自立し必ずあなたを迎えに行きますと。

フィリピンで戦う決心をしたのです。

殺されるかもしれないと言う恐怖に怯えました。

それは、フィリピンでは、お金さえあれば簡単に暗殺ができるからであります。

そして、偽善の仮面をかぶった非道な東進ハイスクール山中博は、自己の名声を守るためには人を殺すことも平気でできる人間であると私は確信しています。

2017年6月、私は再びフィリピンセブ島に戻りました。

東進ハイスクール山中博は、フィリピン セブの日本人社会団体の幹部でもあります。フィリピンで権威を振るう有権者であります。

卑劣な東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博と彼の洗脳にて悪魔化した愚かなBAYSIDE ENGLISH CEBU 代表 松井元輝、土原裕人を法的、社会的に成敗する準備期間、経済的に自立し息子リオを迎え入れる準備期間、彼らの目に届くセブ島に滞在することは危険でありました。

闘いの準備、そして最愛の息子リオを迎える準備は水面下で行う必要があったのです。

それは、私が彼らへ反旗を翻すことを偽善者東進ハイスクール 元カリスマ講師 山中博が知ることになれば、彼は自己の名声を守るために何を仕掛けてくるのかわからないのです。

私の自宅に、BAYSIDE ENGLISH CEBU創立以来からBAYSIDE ENGLISH CEBUの経営を支えてくれた信頼のおけるフィリピン人職員達が集まってくれました。また、BAYSIDE ENGLISH CEBUの位置する町の有権者達も集まってくれました。

フィリピンの良さも怖さも知る彼らフィリピン人の提案もあり、私はまずは、彼らの目の届かない安全な場所に避難することにしました。

私が、フィリピンに戻ったことを知る日本人は家族以外に3人しかいません。そして、信頼できるフィリピン人数人とフィリピンの弁護士、警察関係者しか知らないのです。

私は全ての人との交流を絶ったのです。

100%信用を置いていた松井元輝の裏切りと陰謀を知った今、誰が信用できるのかわからないのです。

 

フィリピン田舎町

フィリピンセブ島市街より4−5時間車を走らせたところにアレグレアという田舎の小さな町があります。

フィリピン セブの産業にはその町によっての特色があります。アレグレアの町は海と山が隣接した町であります。

山の木を用いて家具を作る家具職人、大工、建設作業員を多く産出している町なのです。

BAYSIDE ENGLISH CEBUは、創立以来、学生寮や学校施設の建設を続けてきました。私たちは、この町アレグレアで雇用活動(ジョブフィア)を行い、BAYSIDE ENGLISH CEBUの建設作業員、BAYSIDE ENGLISHの施設の家具を作る家具職人を雇用してきました。

アレグレヤの町の雇用に大きく貢献してきたのです。アレグレアの町の市長さんとも付き合いが深かったのです。

そして、BAYSIDE ENGLISH CEBUで、私の片腕であり、ボディガードであったドイの故郷でもあります。ドイは、2005年にセブに上京するまでは、この町アレグレアの市長のボディガードを勤めていたのです。

 

私は、2013年、将来、両親が年老いて介護が必要になった時のために、この町アレグレアの海沿いに土地を購入していたのです。

なぜ、アレグレアに両親を呼びたかったと言うと、2013年からのアレグレアでの職員雇用にて、この田舎町の人の穏やかさを知っているからであります。海と山に囲まれた自然の中で暮らす人たちは、都会のセブ島やマクタン島の住民と違った素朴さの魅力があるのです。

そして、車を少し走らせれば山の中の天然温泉があるのです。年老いた両親を呼び寄せるには天然温泉は魅力的でありました。

また少し車を走らせると西洋人ダイバーに人気のあるダイビングの町モアルボアールの町があります。そこにはには、多国籍の美味しいレストランが軒を並べています。

そして、船に30分乗ると、私とリオが過ごしたネグロス島スペイン植民地時代の建物を多く残したおしゃれな町ドマゲッティに行くことができるのです。

 

フィリピン田舎町に潜伏

2016年6月、戦いと再起のための資金調達と彼らの告訴準備を信頼できるフィリピン人達に任せ、私は郊外から指揮をとることにしました。そして、田舎町アレグレアに移りました。

しかしながら、私が購入した海沿いの土地は、まだ何も建設されていません。土地を囲むフェンスしかありません。建設物のないビーチと敷地だけなのです。トイレもなければ住む場所もありません。

1週間、私は私の土地の近くの海沿いのホテルに滞在しました。BAYSIDE ENGLISH CEBUの建設作業員雇用活動の際には、リオと二人でそのホテルに滞在していました。ホテルの従業員たちもよく知っています。安心できるのです。

その間に、ドイとアレグレアの町長の指揮にて、ビーチ沿いの土地に、まずは簡易的なバスルームを立てることから開始したのです。

資金調達がまだできていなかった状態でホテル滞在を長く続けるわけにはいきません。

ドイの祖母が住むアレグレアの山奥に移動することにしました。


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54. フィリピン山奥での生活


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