フィリピンで物件探し:低価格で資産価値の高い物件

土地や建物を探す為に、日本人経営の不動産に相談するのも良いのですが、かなり高額となります。

それは、クリアな土地(問題のない土地)である事、そして、土地購入者に届くまでに多くの仲介業者を介しているから高額となるのです。

低価格で資産価値の高い物件

低価格で資産価値の高い物件は、何か問題がある事が多いのです。

フィリピンには、立地条件の良い場所であっても手がつけられていない土地が数多く存在しています。

例えば、ビルが立ち並ぶ街中にぽっつんと空いている土地が存在しています。それらは問題のある土地である事が多いのです。

借金の担保になっている土地。

土地の権利を主張し裁判になっている土地。

土地の所有者がすでに何十年も前に亡くなり、家族何代にもわたり相続され土地所有者が何十人にもなる土地。

そして、誰が土地所有者であるさえもわからなくなっている土地もあります。

また、土地権利書さえない土地も数多く存在しています。

特に田舎に行けば権利書のない土地が大半を占めています。どうして土地権利書がない土地が存在するのかというのは、土地の権利書というシステムができたのは、日本でも有名なマルコス大統領が政権を握ってからです。

フィリピンでは、土地権利書のシステムができて、まだ50年ほどしか経っていないのです。

権利書のない土地は、土地の納税証明の名義(タックスクリアランスの名義)で土地所有者であることが証明されます。

 

まずは、購入したい土地の権利書について調査します。

クリアな土地であるのか?

クリアでない土地(問題のある土地)であっても、その問題が解決できるのか?できないのかを選別します。

問題が解決できる土地については、問題を解決すれば良いのです。クリアな土地にすれば良いのです。

 

土地をクリアにするとは、どういうことなのか? 

例えば、借金の抵当に入り裁判所で差し押さえになった土地を低価で手に入れたければ裁判所のオークションを探します。そのためには、フィリピンローカル新聞のオークション記事(裁判所差し押さえ物件)から情報を入手します。新聞には土地のオークション日程や、最低落札価格が記載されています。

土地の所有者がわからなくなっている土地は、家系図から所有者を割り出すことができます。

代々遺産相続税を払っていない土地は、相続税や手続き費用を土地権利人に立て替えてて支払い、相続手続きをします。立て替えて支払った費用は、土地購入費より差し引けばいいのです。

土地権利書のない土地は、土地権利書を作成します。測量士に土地の測量図の作成を依頼し、それをDNER(フィリピン政府期間である環境省)にて権利書作成の手続きをします。

 

仲介業者からクリアな土地(問題のない土地)を購入する資金を考えれば何十分の一の価格で土地を手に入れる事ができる場合があります。

時間も手間もかかることではあります。しかしながら、フィリピンには時間と手間に時間を費やすことができるマンパワーが豊富なのです。

 

大切な事は、フィリピン人と外国人がお互いに信頼できる関係にあるかということだけです。

 

次は、フィリピンで物件を探す方法について述べます。

 

 

フィリピンで土地を購入する方法

フィリピンの土地は、私達外国人は購入できません。したがって、フィリピンで土地を購入する場合、信頼できるフィリピン人パートナーは必須です。

フィリピン人配偶者と共に土地を購入する

フィリピン人の配偶者を持つ外国人であれば、土地はフィリピン人パートナーの名義で建物は外国人名義で購入をしているケースが多いのではないでしょうか?

この場合は、フィリピン人配偶者との婚姻関係が破綻した場合や、フィリピン人配偶者が死亡した場合等には問題が出てくる可能性があります。

私達外国人が土地を購入する場合、将来的に配偶者や子供達に土地を捧げる気持ちで購入した方が良いのではないかと思います。

 

フィリピン人妻と共に土地を購入し、妻の死去後に土地権利を争う裁判となってしまった日本人夫のお話です→ フィリピンビジネス光と闇!!! 落とし穴に落ちた日本人

 

会社で土地を購入

会社名義で土地を購入する方法もあります。

しかしながら、私は自己経験から会社名義で土地を購入する事はお勧めできません。

何故ならば、地域や職種によって違いがありますが、外国人が保持する会社の株の配当は、0%から40%です。

ここフィリピンでは、株主であるフィリピン人による会社乗っ取り、もしくは、株主フィリピン人を利用して同胞による会社乗っ取りが、合法的に容易くできる状況があるからです。また、そういう事例も多いからです。

さらに、会社名義で土地を購入した場合土地権利書の名義変更の手続きが相当困難であり、相当の時間と手間が掛かります。

会社名義で土地を購入し、失敗した事例をご紹介します。

2014年、私達は、メイン道路沿いで海沿いでもある2ヘクタールの土地の購入を試みた事がありました。

その土地は、シンガポール人が経営していた会社名義の土地でした。

土地を購入する場合の売却契約書には、最低でも株主の過半数と合計60%の株主の署名は必須です。

しかしながら、私達が購入を試みた土地を保持する会社は既に運営を停止し40%の株を保持するシンガーポール人は国外に出て行方不明となっていました。さらに、数人のフィリピン人株主の行方も不明となっていました。

したがって、60%以上の株主の署名を得る事ができないこの土地の売却は不可能でありました。最高の立地条件でありながら、今だに荒地となっています。

会社名義で土地を購入した場合、将来的に、会社経営状況、政情、株主間の決裂等による問題が出くる可能性があるかと考えます。

 

フィリピン人ビジネスパートナーと土地を購入

別の方法として、フィリピン人ビジネスパートナーと土地を購入する方法もあります。この場合は、大抵は外国人と土地名義のフィリピン人との間で長期の賃貸契約を結んでいる事が多いのではないでしょうか?

地域によって相違があるかも知れませんが、私の住むセブ州では、個人の土地の賃貸契約は25年まで、営業目的では50年までの賃貸契約が可能です。

もしくは、土地名義人と外国人との間で土地を担保とした借金契約を結ぶ方法もあります。ビジネスパートナーとの関係が悪化してしまった場合に、フィリピン人同士であれば担保として土地を得ることができます。しかし、外国人は土地名義人となる事はできません。したがって、信頼関係のある別のフィリピン人パートナーへ土地売却契約を行います。

 

フィリピンで土地を購入するのも、建物を立てるのも、ビジネスを展開するのも、全ては、フィリピン人と外国人との信頼関係にかかっていると言っても過言ではないでしょう。

 

感情の国フィリピン。

フィリピンという国、そして、フィリピン人を信頼し愛すること。お互いに尊敬し合う心が一番の問題解決なのかも知れませんね。

 

次に、フィリピンで土地を探す方法について述べます。

 

 

フィリピンで建設:パッキャオ式建設法

フィリピンの建設作業員

2012年から、私はフィリピンで3件、私の個人の海辺のゲストハウスの建設を含めると4件の建物の建設をしてきました。

私は建築家でもないのですが、なぜか、建設ばかりをする羽目になってしまいました。

それは、どうでもいいのですが、、、

なんと言いましょいうか?フィリピンの建設作業員達は、だらだらと仕事しているように見受けられました。また、休憩時間の多いこと。フィリピンの建設が遅れる訳です。

それには、理由があります。

仕事を得るのが難しいフィリピンでは、どうにか仕事を長期間続けたいのです。そのため、皆ゆっくりと時間をかけて仕事をします。仕事のある間は日給を得ることができるからです。それは家族を守るためでもあります。

地域のマンパワーを使った建設

フィリピンに巨大新学校を建設する。2016年、私達は1、2ヘクタール(約3500坪)の土地を購入し学校建設に取り組みました。

まずは、不法侵入者を防止する為、そして、開校後の学生の安全の為に土地を高い塀で囲むことから開始しました。

購入した土地に塀を作るにも許可証が必要です。フェンシングパーミットです。全ての工事は許可を得て始まります。塀の工事は、地元トラシクル、トラシカル(自転車にサイドーカーがついたもの)ドライバーたちを集めました。

塀を作る工事自体は単純作業です。

しかし、多くのマンパワーが必要です。

マンパワー豊富なフィリピンでは人を集めるのは難しいことではありません。

フィリピン人にとって、仕事が得られると言う事は最大の喜びです。

そして、地元との交流を深めることもできます。

こんなに、一石二丁なことはありません。

 

町の市長も建設作業員雇用を助けて頂きました。市長の名で作業員を集めるのです。

100人以上の住民に仕事を与えたことは市長の株も上がります。そしてその株は市長選に多く貢献するでしょう。

私達 、地元住民、市長すべてに有利に働くのです。

WINーWIN関係ができます。

パッキャオ式建設法

学校を取り囲む塀の建設には、パッキャオスタイルを適応しました。

パッキャオというのは、世界的に有名なフィリピンを代表するプロボクサーです。

彼は、ボクシング選手以外に政治家としても活躍しています。そして多くのビジネスを持ちマニラを中心にビルも多く建設しています。

その建築に関して彼は独自の方法を取っています。

日本でもそうですが、労働法によって最低賃金の規定があります。

それは、地域によって相違があるのですが、私達の学校が位置する、セブ州ではその当時の労働法に定められた最低賃金の日給は約350ペソ(役770円/ 8時間)でした。

パキャオスタイルというのは、日給計算しない出来高計算で給与を支払います。

仕事を得るのが難しいフィリピンでは、どうにか仕事を長期間続けたいのです。そのため、皆ゆっくりと時間をかけて仕事をします。

仕事のある間は日給を得ることができるからです。

それは家族を守るためでもあるのです。

 

パッキャオスタイルというのは、ゴールを決めます。

ここまでの仕事でOO円の収入というゴールを設定します。

 

学校を取り囲む塀には1メートル間隔で支柱を立てます。支柱から支柱の1区間を仕上げれば5000ペソ(1万2千円)という給与形態にします。

そして5人くらいでグループを作り各グループにリーダーを置きます。

早く多く仕上げたグループの収入は必然的に多くなるのです。

グループ同士の競争心理が働くのです。

時間に縛られることもなくダラダラ働くこともありません。

 

時間はお金になるからです。

 

もちろん、私達の配下の作業員たちが作業の監視をします。

材料は私達より準備するのでごまかしようがありません。

そして、ビックリするようなくらい早く建設が進むのです。

 

感情の国フィリピン

雇用するフォリピン人の状況や心理を読む事、考える事は大切な事ですね。

 

フィリピンで建設:厳しいフィリピン環境省(DENR)

〜殺されたフィリピン保護命令下のモラビの木とNBI捜査〜

学校の校庭の真ん中に存在していた大きなモラビの木は樹齢100年以上ではないかと想像できる大きく立派な木でした。きっと、生きていたら子供達の憩いの場になったでしょう。

厳しいフィリピン環境省(DENR)

2012年から、私はフィリピンで3件、私の個人の海辺のゲストハウスの建設を含めると4件の建物の建設をしてきました。

フィリピンで建物を建設するにあたり、まずは、設計士が作成した建設図面にしたがって建設許可証を取得します。この建設許可証についても、多くの監査があり困難なものですが、建設許可証(ビルディングパーミット)については、また後日述べます。

建設許可証と同時に2016年から規制強化された環境省の許可証の取得は必須です。

2016年、私は当時経営していた語学学校の海辺の学生寮建設と、別件で1、2ヘクタールの土地を購入し4階建学校建設を開始しました。

建設を始めるにあたり、建設許可証、環境許可証を取得します。

海辺の学生寮のフィリピン環境省(DENR)許可証

ドテルテ氏が大統領に就任した2016年に環境省の認可が厳しくなりました。(以前から認可が存在していたのかは不明です)

環境省認可取得のために、フィリピン環境省による監査があります。

環境省(DENR)は、フィリピンの環境破壊を防止し環境を守る役割の組織らしいです。

監査では、海辺の学生寮建設に対して、海辺の植樹等の指導がありました。また、海辺に建物を建設するに当たっては、海辺より10M離れた土地に建物を建設しなくてはいけません。DENRの指導に基づいて工事が開始されました。

海を使用したビジネスであれば、別の環境省認可申請も必要となってきます。

当時、私が経営していたのは語学学校でしたので、海を使用してのビジネスではありませんでした。しかし、私達の学校前の海は、私の友人であるダイビングショップへ海の使用を許可していました。

その事によりフィリピン環境省認可の海を使うビジネス許可の取得がなければ許可証の発行はできないとの指導があり、ダイビングショップへ海の使用ができない事を伝え申し訳なかったのですが、そのダイビングショップに去って頂きました。

2016年、フィリピン環境省認可規定が強化された事にて営業に支障をきたしたダイビングショップが多くあったのではないでしょうか?

1、2ヘクタールの土地の学校建設への環境省認可証

2014年から2015年にかけて、私達は1、2ヘクタールの土地を購入し、学校建設を計画しました。

建設工事をはじめる為には、フィリピン環境省の認可は必須です。申請後すぐに、環境省の監査がありました。

1、2ヘクタールの土地の中には何本かのモラビと言う名のフィリピンで保護されている大きな木がありました。

2016年、フィリピン環境省の監査にて、7本のモラビの木の保護命令が出され、無事にフィリピン環境省認可を受けました。

ところが、ある事件に巻き込まれ私達は、約1年間以上の間、私達の建設中の学校から離れていました。そして、2018年9月に学校に戻ると環境省から保護命令が’出ていた7本のモラビの木は見事に伐採され一部は燃やされていました。

特に学校の校庭の真ん中に存在していた大きなモラビの木は樹齢100年以上ではないかと想像できる大きく立派な木でした。きっと生きていたら子供達の憩いの場になったでしょう。

私達はすぐにフィリピン環境省に報告し環境省とNBI という警察組織による捜査が開始されました。

フィリピン環境省 (DENR) とは、

余談となりますが、環境省(DENR)は、フィリピンの環境破壊を防止し環境を守る役割の組織らしいです。

フィリピンには、第2次世界大戦時に日本軍人が金貨を埋めたという黄金伝説が存在します。そして、それを発掘しようとフィリピン各地を金貨発掘の為に掘る人が後を絶えません。

あの激戦時代に日本軍人が金貨を埋める余裕なんてないだろうと日本人なら普通考えるでしょう。

しかしながら、日本人がフィリピン人を雇い金貨発掘の為に穴を掘ったとして、フィリピンDENRよりフィリピン警察組織NBIに逮捕された事件も数件あります。

無断で大穴掘っちゃった!38億円「山下財宝」探しで日本人4人含む17人逮捕

 

また、2016年、フィリピン最大の観光地ボラカイ島は環境保護目的にて、このフィリピン環境省 DENR によって半年以上に渡って閉鎖に追い込まれました。

ボラカイ島閉鎖、観光客「阻止」に機動隊投入へ フィリピン

フィリピン政府機関である環境省(DENR)は、政治もNBIをも動かせる程の大きな力を持っています。

NBIとは、アメリカのFBIと同じような組織形態であり、裁判所命令がなくても逮捕権を有する警察組織です。

 

私はドテルテ派の政治家である友人に招かれたパーティにて、ドテルテ大統領配下のフィリピン環境省のトップとボラカイ島閉鎖の弁護団と時間を共にする機会がありました。

フィリピン人によると、凄いVPIらしいのですが、、、日本人の私には、正直よく解らなかったです。ただ、フィリピン最大のリゾートであるボラカイ島閉鎖に当たっての彼らの話の凄まじさに圧倒させられました。

まるで、映画の中の世界のようでした。

これもまた、TIP “This is Philippines “でした。

 

殺されてしまった7本のモラビの木

話は、私達の1、2ヘクタールの土地のフィリピン保護下モラビの木の不法伐採捜査に戻します。

NBI (警察機関)より、私達への事情聴取および学校近くの住人や、学校工事関係者への聞き込み捜査が行われました。捜査の結果、私達によって保護命令下の7本のモラビの木が伐採されたのではないと言う事は証明されました。しかしながら、土地の権利者である私達の管理不足として、多額なペナルティーをフィリピン環境省に支払う羽目となりました。

現在、7本のモラビの木を伐採した人物と、それを指示した人物には、NBIのメスが入っています。

フィリピンで建設をするにあたり、フィリピンの環境保護をするDENRの認可や指示は遵守しなくてはなりません。

フィリピンで土地を購入、建設またはビジネスを展開する場合、フィリピンの法律を周知し遵守する事は必須です。

その為には、フィリピンの法律を勉強する事、もしくはフィリピンの法律を周知した現地弁護士と良好な関係を持つ事は重要です。

でなければ、大穴を掘っちゃた。木を切っちゃた。で、逮捕されちゃう事になってしまいます。

 

 

(殺されたモラビの木)

 

 

 

フィリピンで建設 (消防署認可省:ファイアーパーミット)

フィリピンで学校建設中。

消防署認可に奮闘 “なんでやねん” って事が多すぎ。

フィリピンで建物を建設するには、まずは設計士に設計図作成を依頼します。そして、設計図に基づいてビルディングパーミット(建設許許可書)を取得し、工事が始まります。

それと、同時にフィリピン環境省DENRの許可書を取得します。DENR(環境省)の許可書につきましては、以前に私が経営していた学校も含め私は3件の学校建設をしてきましたが、制約が厳しく困難を要しました。DENRの許可証については、別の記事で述べます。

建設許可書およびDENR許可書を取得した後に建設工事が開始されます。

建設が終了すると次に、建物使用許可書(オキュファンシーパーミット)を申請します。

また、それと同時に建物対する消防許可書を申請します。

建物使用許可書(オキュファンシーパーミット)に関しては、建物のある市の建設課(エンジニアリングオフィス)の監査を経て建物使用認可証が発行されます。同時期に、市の消防署の監査を経て建物に対しての消防許可書が発行されます。

消防許可証のモヤモヤ

現在までに、私達が建設した3件の建物の全てに消防許可書についてのモヤモヤが多すぎです。

当時、私が経営していた語学学校に2013年に建設した学生寮や学校施設に関して、私が経営していた5年間で100本以上の消化器を購入した事でしょう。

消防署の監査の度に、何十本もの消化器の購入を指示されます。消化器なんて、1年に2回の消防訓練に1−2本くらい使用するだけであって、火事がない限り使う事はないでしょう。今でも、私が経営していた語学学校の倉庫の中には100本ほどの消化器が眠っていることでしょう。

現在、私の4階建の学校建設も、やっと工事が完了し、建物許可書と消防許可書の申請へと進んで行きました。

 

建物許使用認可(オキュファンシーパーミット)の監査は無事に完了、あとは認可証の発行を待つのみの状態で、消防署の監査がありました。

今回の建設では施設が大きい事もあり、例の如く50本以上の消化器を購入し見事に消防認可監査は終了しました。あとは、認可証発行を待つのみ。

 

のはずが、、、、

消防署からの連絡がありました。

消防署長が変わったので規則も変わるので、再度監査が必要であると。

新たな消防署長と消防職員達による監査が行われました。

監査にて、すべての階に2台づつの消防ホースの設置と建物全体に放水菅そして、放水のための水を貯めておく3台のタンクと放水の勢いのためのモーター設置の指示が出ました。

大工事となってしまいます。莫大な工事追加料金が必要となります。

学校建物です、学校建物の中にはキッチンや火を使う施設はありません。学生食堂は別建物で、そこには消防設備はすでに整っています。

”前消防所長さんの監査では、火を使わない学校建物なので消化器の設置だけで許可が下りると言われました”

と訴えても通りません。

 

TIPという言葉をご存知でしょうか?

“THIS IS PHILIPPINES ” の略 TIP です。

そうなんです。フィリピンでは、大統領が変わればルールも変わる。市長が変わっても、消防局長が変わってもルールは変わるのです。

またもや、TIP です。

新消防署長の監査より約2ヶ月、、、やっとすべての配管工事が完了、消防許可書が発行されました。

予定通りに行かないフィリピンの認可証、だからフィリピンの工事は遅れる訳です。

次は、フィリピン建設の認可証。2016年より認可基準が強化されたフィリピン環境省(DENR)の認可について記載させていただきます。

 

 

フィリピン教育省認定学校を設立する(走り続けた2016年)

フィリピンで政府認可学校を創立する

2015年 、私は、BAYSIDE GLOBAL SCHOOL,INCと名の会社を設立しました

そして、2016年に入り、マクタン島のコルドバという町に土地購入、学校建設そして、同時進行にて BAYSIDE GLOBAL SHOOL のDepEd (フィリピン教育省)学校認可の取得に走りました。

学校は幼稚園から高校までの過程の現地フィリピン政府認定学校であります。

そして、その学校カリュキュラムの中に日本語を導入するのです。

 

日本は超高齢社会にすでに突入しています。

若いマンパワーが不足しているのです。将来的にはもっと不足するでしょう。

日本では、年配者が高齢者を在宅介護するのが当たり前のようになってきています。

そして、核家族が増える日本の家族形態の中、高齢者と生活を共しにたことのない若者が多くなっています。

病院や介護施設では高齢者と接したことのない若者が高齢者の世話にあたる現状が日本にはあるのです。

高齢者たちはインフラの整った今日の日本を築き上げてきた偉大なる人達であります。

心なしにも、そんな偉大な人達の心を傷つけ破壊していく若者もいるでしょう。

 

フィリピンは、日本の反対なのです。

フィリピン人は多くの子供を産むのです。

そして、子供達が働き手となり家族や老人達を支えるのです。

高齢者は長老として、家系の中で最大の力を持つ存在になるのです。

若者は高齢者を誇りにするのです。

 

そんなフィリピンの子供達の学校カリキュラムとして日本語を教えるのです。

日本語を習得したフィリピンの子供たちが将来、日本の高齢者を支えるマンパワーとなれば、こんな素晴らしいことがあるでしょうか。

 

マンパワーが充分すぎるくらいにあるが仕事を得ることが難しいフィリピンと、仕事はあるも、マンパワーが不足している日本をつなげる架け橋に BAYSIDE GLOBAL SCHOOL がなるのです。

 

フィリピンでフィリピン人達と築き上げてた BAYSIDE ENGLISH CEBUの次のステップとして、フィリピン人のための学校を創る。

そして、その子供達の将来、日本にフィリピン人の家族愛の素晴らしさを伝えるのです。

BAYSIDE ENGLISH CEBU フィリピン人職員のモチベーションは一気に上りました。

 

フィリピンセブのマクタン島には、2つの町があります。

一つは、語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBUが位置するラプラプ市、

もう一つは、BAYSIDE GLOBAL SCHOOL の開校が予定させていたコルドバ市です。

そして、コルドバ市には、2020年にはマクタン島とセブ島を繋ぐ3つ目の橋がかかるのです。

BAYSIDE GLOBAL SCHOOLの設立メンバーには、ラプラプ市の有権者、コルドバ市の有権者に入ってもらいました。

 

マクタン島の二つの町を繋ぐ架け橋

マクタン島とセブ島を繋ぐ架け橋

フィリピンと日本を繋ぐ架け橋

BAYSIDE GLOBAL SCHOOLは、3つの架け橋となるのです。

 

BAYSIDE GLOBAL SCHOOL は、BAYSIDE ENGLISH CEBUフィリピン人職員達だけではなく、コルドバ市そして、ラプラプ市の地域の夢に繋がって行ったのです。

 

皆さまもご承知のように、日本の教育制度は6−3−3年制、計12年です。

小学校6年間、中学校3年間、高校3年間となっています。

フィリピンでは2014年までは、小学校6年、高校(ハイスクール)4年と計10年であり、日本より2年間教育期間が少なかったのです。

しかし、2015年より、日本と同じように12年間の教育課程へ変更したのです。

それは、K−12と呼ばれています。

小学校6年、ハイスクール4年に、シニアハイスクール2年が追加されたのです。

 

2015年までは、K—12の準備期間でりましたが2016年から本格的導入を国が義務づけられました。

そして、BAYSIDE GLOBAL SCHOOLは2017年6月の開校を予定していたのです。

なぜならば、フィリピンの認定学校の新学期は6月から開始されるからです。

 

新しい制度での認可を取得しなくてはいけなかったのです。

すべてのカリキュラムを準備し、2016年8月中旬までに申請しなくては、2017年6月の開校はできないのです。

 

フィリピン認可学校を開校するにあたり、教育課程の博士号を持つ教師、修士号を持つ教師を学校管理者として設置しなければならない規定があります。

博士号、修士号を持つ教員達で事務所を構え、BAYSIDE GLOBAL SCHOOL立ち上げのためのチームを作成しました。

カリキュラム作成が開始されたのです。

チームの中にはコルドバ市長の秘書や教育委員会職員も入ってくれました。

 

BAYSIDE GLOBAL SCHOOL への夢はBAYSIDE ENGLISH CEBU職員のみならず地域の夢に広がっていったのです。

 

2016年始め土地購入より始まり、BAYSIDE ENGLISH CEBU 経営チームは、BAYSIDE GLOBAL SCHOOLの開校地コルドバ地域と共に走り続けていました。

 

BAYSIDE ENGLISH CEBU フィリピン人経営チームも、BAYSIDE GLOBAL SCHOOL チームも、私も寝る暇もなく夢のBAYSIDE GLOBAL SCHOOLの開校準備に当たったのです。

 

私たちは、夢に向かって走っていたのです。

 

2016年8月、無事、DepED(フィリピン教育省)への申請を終えました。

 

 

 

走り続けた2016年:フィリピンで建設をする。

フィリピンで建設

建設への投資を続けてきた語学学校

BAYSIDEENGLISH CEBUほど、開校直後から建設を続けた語学学校はないでしょう。

BAYSIDE ENGLISH CEBU 第二キャンパス(プレミアムキャンパス)として、2013年11月、フィリピン セブ マクタン島の海辺の廃業したリゾートホテルを賃貸しました。

そして、岩のビーチとなっていた海辺にカフェテリアの建設工事、ホテル内の改装工事、そして、4回建ての学生寮の建設を開始しました。

そして、2016年3月には、2年にもわたるプレミアムキャンパスの位置する土地抗争後に手に入れたプレミアムキャンパスの海辺の1000スクエアメーターの土地に学生寮建設を開始し、海辺の新ドミトリーとして2016年9月に完成。

2016年6月には、コルドバに4階建ての学校建設、そして学生寮の建設を開始させました。

建設会社でもないのに、2012年、開校以来、建設を永遠に続けていると言っても過言ではありません。

ビル等の建設には、ペンシルガという建築士を常に使っていました。

建築士ペンシルガとの付き合いもかれこれ5年目に入ります。

ペンシルガはBAYSIDE ENGLISH CEBUが運営するラプラプ市役所の建設部門の職員に紹介された建築士であります。

建設部門とは、建設の許可や建物の安全性や法的基準が満たされているかどうかを監査する機関であります。

彼は、建設業の傍でラプラプ市役所の建設部門の職員や技術者達に技術指導を行う講師でもありました。

彼のことを一言で表すと、糠に釘を打つような人です。何の意欲も営業しようとする姿勢も見られなのです。建設が遅れて苦情を言っても何の反応も見れないような人なのです。

ただ、悪賢くなく正直なだけが取り柄であるような男なのです。

 

建設材料のごまかしを阻止する方法

フリピンでは、建設材料のごまかしが日常茶飯事に行われています。

2013年1月、最初にプレミアムキャンパスの建設工事を開始した時点では、建築士ペンシルガの人間性はわかりません。

建物を建設するにあたり、まず建設許可を市から取得します。そのためには、建設図面、建設材料の種類、電気配線等、10以上の専門部署の監査をパスした上で各部署の管理者のサインが全て揃った上で建設許可証を入手することができるのです。

あくどい建設業者であれば、建設許可証に記載している材料と違う安く質の悪い材料を使用し経費を浮かせるのです。

例えば、基礎工事の耐震の支柱として、鉄でできたステルバーという材料を使います。

プレミアムキャンパスの学生寮は最終的には4階建てへと増設する予定でありました。基礎には強い耐震性が求められるのです。

建設業者が、ステルバーの太さを細いものに変えることも可能であるのです。セメントの中に埋められるステルバーは見えないからわからないのです。

また、コンクリートもそうです。コンクリートとそれに混ぜる砂のパーセンテージを変えることによっても経費が浮かすことができるのです。

フィリピンの建物の天井が落ちたと話しをよく耳にします。建設業者がセメントの濃度をごまかしたからなのです。

そして、フィリピンでは、建設材料のごまかしはは日常茶飯事常のように行われているのです。

 

常に見張っていないと安心できないのです。

 

建設作業員の雇用

セブ島の産業は、その街の特色があります。

例えば、トレードという街は大型船を作り出す街です。カルカルという街は豚の飼育の街です。

モアルボアールはダイビング観光客の街です。

そして、セブ島南部にはアレグレアという多くの建設作業員や大工、家具職人を生み出している街があります。

私たち、2013年よりBAYSIDE ENGLSH CEBUの経営チームは、アレグレアの市長と連携し、そこでジョブフェアーを行い独自の建設作業員を雇用しました。

そして、建築士ペンシルガの作業員たちと混ざって、ペンシルガの下で働いてもらうのです。その総合指揮権は私のボディガードであり左腕のビジネスパートナーであるフィリピン人ドイが持つのです。

建設材料が搬入される都度、建設材料の建設認可に提出した通りの材料が使われているかをチェックしていくのです。

BAYSIDE 配下のマンパワーを入れることでそれが可能になるのです。

 

そして、BAYSIDE GLOBAL SCHOOL のベッド等の家具もアレグレアから短期雇用した家具職人によってつくられたものなのです。

プレミアムキャンパス学生寮の工事期間、約半年間の私たちのペンシルガの観察では、彼は建設材料をごまかすこともなく賢くなく正直で素朴な人でありました。

賢くなくという意味は悪賢くないという意味です。

建設ブームであるフィリピンでは多くの建築士たちは、豪華な車を乗り派手な生活を送っています。

彼は私と出会った5年前より同じボロボロのバン自家用車に乗っています。服装も地味すぎるくらい地味なことからも彼の人間性が伺えました。

その後、プレミアムキャンパス海沿い1000スクエアメーターの学生寮やコルドバの新学校建設はペンシルガに任せることにしました。

 

地域のマンパワーを使った建設

マクタン島のコルドバに巨大新学校を建設する。それも、外国人の為だけの学校ではない

ィリピン人の子供達を対象にした国の認可のある学校です。BAYSIDE 経営チームは夢に向かって走っていました。

新学校の土地は1.1ヘクタールあります。約3500坪です。

まずは、不法侵入者を防止する為、そして、開校後の学生の安全の為に土地を高い塀で囲むことから開始しました。

購入した土地に塀を作るにも許可がいるのです。フェンシングパーミットです。許可を得て工事が始まるのです。塀の工事は、地元トラシクル、トラシカル(自転車にサイドーカーがついたもの)ドライバーたちを集めました。

塀を作る工事自体は単純作業なのです。

しかし、多くのマンパワーが必要になります。

フィリピン人にとって、仕事が得られると言う事は最大の喜びなのです。

そして、地元との交流を深めることができるのです。

こんな一石二丁なことはないのです。

地元民を集める指揮を取ったのは、100人以上のトラシクルドライバー達を束ねる左腕ドイの兄です。

マンパワー豊富なフィリピンでは人を集めるのは難しいことではないのです。

コルドバ市長も参加しました。コルドバ市長の名で作業員を集めるのです。

100人以上の住民に仕事を与えたことは市長の株も上がるのです。そしてその株は市長選に多く貢献するでしょう。

BAYSIDE 、地元住民、市長すべてに有利に働くのです。

 

塀の建設には、パッキャオスタイルを適応しました。

パッキャオというのは、世界的に有名なフィリピンを代表するプロボクサーであります。

彼は、ボクシング選手以外に政治家としても活躍しています。そして多くのビジネスを持ちマニラを中心にビルも多く建設しています。

その建築に関して彼は独自の方法を取っているのであります。日本でもそうですが、労働法によって、最低賃金の規定があります。

それは、地域によって相違があのですが、セブではその当時の労働法に定められた最低賃金の日給は約350ペソ(役770円/ 8時間)でありました。

パキャオスタイルというのは、日給計算しない出来高計算で給与を支払うのです。

仕事を得るのが難しいフィリピンでは、どうにか仕事を長期間続けたいのです。そのため、皆ゆっくりと時間をかけて仕事をするのです。仕事のある間は日給を得ることができるからなのです。それは家族を守るためでもあるのです。

パッキャオスタイルというのは、ゴールを決めるのです。

ここまでの仕事でOO円の収入というゴールを設定するのです。

BAYSIDE GLOBAL SCHOOL の新学校の塀もそうです。

塀には1メートル間隔で支柱を立てます。支柱から支柱の1区間を仕上げれば5000ペソ(1万2千円)という給与形態にするのです。

そして5人くらいでグループを作りリーダーを置きます。そうすることで、早く多く仕上げたグループの収入は必然的に多くなるのです。

時間に縛られることもなくダラダラ働くこともないのです。時間はお金になるからです。

もちろん、BAYSIDE配下の作業員たちが監視をします。

材料はBAYSIDEより準備するのでごまかしようがないのです。

そして、ビックリするようなくらい早く建設が進むのです。

1,1ヘクタールの土地は、海沿いであることも関係して岩場と成っています。土地の整備も必要でありました。そこにも、パッキャオスタイルを適応したのです。

4階建ての巨大学校建設は塀や土地を慣らす単純作業ではありません。プロの建築士の指揮で行う必要があります。

それば、すでにBAYSIDEプレミアムキャンパスの2件の学生寮建設で信頼関係が築けている建築士ペンシルガに一任しました。

そして、平屋建て学生寮は別の建築士を雇用し建設作業員、家具職人発掘の街アレグレアより雇用しBAYSIDE 配下の作業員たちによって建設は進められました。

 

BAYSIDE GLOBAL SCHOOL 新学校計画は私とフィリピン人達で組織する経営チームですべて進められてきたのです。

フィリピン人講師達で組織するアカデミックチーム、アコモデーションチームすら知らせていませんでした。

もちろん、外国人で組織するマーケットチームもです。

すでに塀も土地整備も学校、学生寮の基礎工事が終了し起動に乗った時点にBAYSIDE 職員たちに公開されました。

基礎工事が終わった後、学校の支柱になる柱にコインを投げ込み建設が無事に完了することを願う祈祷式が行われます。

そして、2016年10月末、学校建設、学生寮建設80パーセント完成時点で私は建設の一時中止の指示を出したのです。その明細は後で述べます。

 

必ず遅れるフィリピン建設

フィリピンの建設は必ずと言っていいほど遅れます。

2013年に開始したBAYSIDE プレミアムキャンパス学生寮の建設も4ヶ月遅れました。

プレミアムキャンパス海沿い1000スクエアメーターの学生寮建設も3ヶ月遅れました。

マクタン島のリゾートホテルの敷地内に4回建て学校を建設した韓国人経営者の語学学校も7ヶ月工事が遅れたのです。

フィリピンで建設をするに当たっては工事が遅れることを念頭に置いて計画を立てなければいけないのです。

工事の遅れを少しでも回避するために建設業者と建設主の間に契約を結びます。

建設が遅れた日数に応じてペナルティを加算するのです。BAYSIDEも3回にもわたる建設工事にすべて契約を交わしました。

ただ契約は彼らへの意識づけのみしかならないのです。

ペナルティを加算することによって彼らは、ペナルティの支出費用を工事材料や人件費を削減することで対応しようとするからであります。

そして、そのペナルティ金額を回収するためには裁判を起こす必要もあるのです。フィリピンの裁判は短くても5年長くて10年以上を要するのです。

そして、裁判費用もかさむのです。挙げ句の果てには被告人に支払い能力がなければ資金は返ってこないのです。

初めから、遅れることを設定し計画を立てる方が賢いのです。

フィリピンでの建設経験者であるマクタン島のリゾートホテル内に語学学校を建設した韓国人オーナーとそんな話題で盛り上がったこともあります。

 

 

フィリピンで建設


フィリピンで建設をする2 田舎でゲストハウスの建設

ボディガードのドイは、アレグレアの町長(元市長)と、大工達と連携し、私が購入したビーチ沿いの土地建設と建設手続きに当たりました。

 

ドイが建設の指揮を取るのは、すでに5回目となります。

2013年、BAYSIDE ENGLISH CEBU  プレミアムキャンパスの改装と学生寮、そして、2016年にはプレミアムキャンパス海辺の新学生寮。そして、私達が購入した土地の学校建設をの新学校の建設指揮も彼がとったのです。

また、彼は、2005年に開校したBAYSIDE ENGLISH CEBU  の基となるRegent Pacific College の建設の指揮もとっていたのです。

知識もコネクションも豊富なのです。

建物は全て、アレグレアの山の木を使って建てる事にしました。そして、アレグレアのマンパワーを使うのです。

 

ドイの祖母は、多くの山の土地を持っています。

足を切断しなくてよくなったお礼に山の木をプレゼントしてくれたのです。

参照:フィリピン医療の真実

 

そして、私もドイの祖母より山をひとつ購入しました。山奥の土地は約1000坪の土地が10万ペソ、約22万円で購入できるのです。

彼らは、土地や山からの恵は多くありますが現金がないのです。そして、彼らの自然の恵豊かな生活には多くの現金を必要としないのです。

 

RIO BEACH CLUBの建設

 

木を切る道具、トラックのレンタル、タイルとセメントと大工さん達の給与以外の支出はほどんどなくドイの祖母の山と私が購入した山の材料を使って建物が立っていくのです。

Rio Beach Club です。

リオと約束しました。

1年間で、ママは自立してリオを迎えにいくと。

 

トイレ、シャワールームと家の屋根が完成した時点で私は、山を降りビーチ沿いの建設中の Rio Beach Club に移り住みました。

そして、戦いと再起のための資金が調達できた状態となった時点で本格的に現場で私がデザイン等の指揮を取り工事が開始したのです。

 

私たちの合言葉はリオ

今から8年前、息子リオが4歳の時に私たち親子は、BAYSIDE ENGLISH CEBUの基盤となる韓国系語学学校Regent Pacific College に親子留学としてセブに出会いました。そして、2012年リオが7歳になる時にフィリピン、セブ島に移住、BAYSIDE ENGLISH CEBUを開校。 創立時からBAYSIDE ENGLISH CEBUの経営を支えてくれた彼らは、BAYSIDE ENGLISH CEBUと共に成長していくリオと共に過ごしたのです。

私たちの中では「リオのため」と言うのが合言葉になっています。私たちの考える事は、リオを迎え入れる事、リオの輝きを取り戻す事だけなのです。

私たちが、脅迫される事も、攻撃される事もなく安全に生活できるように

2017年2月9日、日本に帰国した際に、リオと私が飼っていた4匹の犬達はフィリピン人の家庭に譲ってしまいました。

BAYSIDE ENGLISH CEBUを支えてくれた彼らは、リオが帰ってきた時に、犬達がいなくては寂しいだろうと、犬を譲った家を一軒一軒周り、謝罪とお願いをし、3匹の犬を返してもらったのです。

 

工事は着々と進んで行きました。

リオを迎える準備もです。

 

Rio Beach Club  は、闘いの資金調達だけのではなく、私のフィリピンでの再起を掛けたビジネスなのです。

そして、リオが封印してしまった7年間の彼が輝いていたセブ島での思い出を輝かしいものにするための再起でもあります。

語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBUと比べると、現地フィリピン人やダイビング観光客のヨーロッパ人を対象にした小さなローカルなビジネスであります。

それは、私にはちょうどいい規模なのです。

最愛の息子リオを迎え入れ、暖かいフィリピンで、暖かい地元の人達と大切にビジネスを育てていくのです。

 

私の闘いは、これから始まります。

これからは、現在進行形の記録となるでしょう。