セブ語学学校 ” BAYSIDE ENGLISH CEBU” 再建

世界中がコロナで自粛もしくはロックダウン中で各国が鎖国状態となっているこのご時世に、何を寝ぼけた事言っているの?ですよね〜〜〜

セブ語学学校

アフターコロナには、現在の半数以下のセブ語学学校しか生き残ってないかとは思いますが、現在のところ、フィリピンセブ島には100軒以上の語学学校(TESDA等のライセンスの持っていない語学学校を含めると200軒以上の語学学校)が切磋琢磨しています。

ちょっと本題から外れますが、TESDA等の許可証のない語学学校が存在すると言う噂を聞くことはありましたが、、、最近、セブ島で一番大きく素晴らしい語学学校と自画自賛していた大手語学学校が、まさかの!!!ビジネス許可もなく不法営業していた事が発覚し地元ニュースを騒がしていました。恐ろしい事ですよね〜〜〜この事件につきましては、地元ならではの寒くて怖〜いお話がありますので、機会があればセブ島のビジネスの闇としてお伝えできればと思います。

 

話を戻しまして、、、

BAYSIDE ENGLISH CEBUとは

もう、現在では繁栄期だったBAYSIDE ENGLISH CEBUを知る人はあまりいないかと思いますが、BAYSIDE ENGLISH CEBU は、日本でのセブ留学ブーム前もしくは初期の、2011年8月15日にセブのマクタン島に、私、佐々木綾子と5名の英語講師達で設立され、繁忙期には300人以上の学生を保持していた当時では大型の語学学校でした。

良いのか悪いのかはわかりませんが、私の指針で、BAYSIDE ENGLISH CEBUは、過度な広告、営業、接待を行わない。セブ日系語学学校等の同業者やセブ在住日本人と付き合いを行わない学校でした。

そんな事で、よく学生集客ができますね???って思うかもしれませんが、その為に留学斡旋エージェントがあります。また、過度な広告、営業、接待など、外に目を向けない事によって、営業や接待に使う資金を会社職員達への社会保障やボーナスや、職員達も私も大好きな身内パーティーを多く開催できます。それらは、フィリピン人職員や講師達のモチベーションや愛社精神となります。そして、彼ら自ら、fb等のSNSへ学校の様子をアップしてくれます。これがかなりの営業効果があり、リピーター学生や口コミでの学生の集客となります。

そして、BAYSIDE ENGLISH CEBUの開校した時期もよかったのでしょう。2011年から2013年くらいまでは、日本でのフィリピン英語留学ブームに加え、語学学校も留学斡旋エージェントもまだ数が少なく、留学斡旋エージェントの質もよかったような気がします。

BAYSIDE ENGLISH CEBU再建

私の中でBAYSIDE ENGLISH CEBUへの思い、会社を一緒に作り上げて来たBAYSIDEファミリー(仲間達)への思いがフツフツと湧いてきました。

やはり、私はフィリピン人達の可能性をまだ信じているし、彼らと一緒にまた、仕事をしたいという気持ちが段々と大きくなっていきました。また、彼ら達も同じ気持ちを持ってくれていました。

そして、私がセブ南部でオープンしようとしていたゲストハウス”Rio Beach Resort”と、BAYSIDE ENGLISH CEBUのコラボが決定しました。もちろん、BAYSIDEの株主の職員たちも一緒です。

2019年11月、BAYSIDE ENGLISH  CEBUの再建メンバーが結束されました。会社住所変更やビジネス許可証、各種許可書の住所変更等の法的手続きと同時に、カリキュラムの再構築、ホームページやパンフレットの作成、そしてセブの韓国系語学学校の協力下に講師トレーニングも開始されました。まら、セブ南部の海辺のリゾートRio Beach Resortの敷地内に教室の建設が急ピッチで行われました。

セブ南部モアルボアルの海辺のホテル” Rio Beach Resort” そこは、英語講師達で運営されるホテルです。そこには、語学学校BAYSIDE ENGLISH CEBUが入っています。過去10年近いBAYSIDE ENGLISH CEBUの歴史の中で、より優れた講師たちのみを抜擢しました。約10年前に開校した若い講師達は、現在はもう30代40代のベテラン講師となっています。新BAYSIDE ENGLISH CEBUは、試験点数やビジネス英語に特化した語学学校でなく、英語を介しての触れ合いの中でコミニケーションとしての英語を、平均年齢35歳以上の大人のベテラン講師達と大人のリゾートを楽しみながら学ぶ語学学校です。

新BAYSIDE ENGLISH CEBUのビジョンは、学生、職員、BAYSIDE ENGLISH CEBUに関わった人たち全てが幸せになる事です。

新BAYSIDE ENGLISH CEBUのキャッチフレーズは ”学びは遊びの中にある”

以前のBAYSIDE ENGLISH CEBUのような300人もの学生を受け入れる大型学校ではありません。小さな小さなリゾートホテル滞在型の語学学校です。過度な広告も営業も、もちろん邪魔臭い接待も、過度なビジネスの拡大も必要ありません。私たちの提供するサービスと、ニーズが一致した方がけが来ていただけるだけで十分な規模の少人数制語学学校です。

新BAYSIDE ENGLISH CEBUの方向性が見え、チームBAYSIDEの夢が膨らみました。また、チームBAYSIDEの結束が更に固まっていきました。

法的手続き、システム作り、カリキュラム作りにホームページ等、再オープンの為のセットアップが全て完了し、3月14日に、歴代のBAYSIDE ENGLISH CEBUの職員達によるファミリーパーティーが予定されていました。

そんな中、突然のセブ島ロックダウンとなってしまいました。

それは、Rio Beach Resort オープン とBAYSIDE ENGLISH CEBUの再開校直前の事でした。

しかしながら、私達は全く悲観的ではありません。希望を持っています。それは、約10年前に一緒に築き上げ、そして、育て上げたBAYSIDE ENGLISH CEBUの自信と経験、そして多くの素晴らしい思い出があります。また、私達が絶望の中でいた時にも揺らぐことがなく、更に深まったチームBAYSIDEの絆があります。

そして、何よりも私達のBAYSIDE ENGLISH CEBU再建の夢を誰も諦めていないからです。

このロックダウンはいつまで続くのかは、私達にはわかりません。また、最近、フィリピン環境省より、今年、2020年末までは、海外への行き来は見合わせるとの発表もありました。

BAYSIDE ENGLISH CEBU開校できるのは、早くても1年後となるかもしれません。それまでは、チームBAYSIDEで小さなリゾートホテル運営をしててもいいでしょう。

BAYSIDE ENGLISH CEBUは約10年の語学学校運営の中で、多くの優秀な講師達を生み出しています。彼らの中には、日本や韓国で英語講師をしている者、他校で講師をしている者も多くいます。歴代からのチームBAYSIDEのメンバーは各地に大勢散らばっています。BAYSIDEの結束は固いです。優秀な人材、仲間がいる限り、状況さえ整えばいつでもBAYSIDE ENGLISH CEBUは再建できるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナによるロックダウン2ヶ月目の心境

久しぶりにブログを書きました。

幸せって、、、

 

現在、フィリピンセブ南部の田舎街でロックダウン中。

本来ならば(コロナがなければ)私はフィリピン、セブ市街より南に4時間車を走らせた田舎町モアルボアルで、ゲストハウスと以前に私が運営していた英語語学学校を再建していたはずだったのですが、、、

コロナで、ここセブ島でも突然のロックダウン!外国人の入国禁止、ほとんどのビジネスが営業禁止!街は軍隊と警察官に囲まれて、外出も移動も制限されています。

特に観光業や飲食店、サービス業は、このコロナのロックダウン(日本で言うと自粛)で、1年くらいは厳しい状況になるでしょう。

 

もちろん、ここセブ島だけではなく、日本も世界中の多くの人が、今まで積み上げてきたビジネスが一気に崩れ去り、不安と絶望の中に落とされた事でしょう。

 

だけど、私は、今、不安も絶望感もほとんどありません。

 

それは、新たなビジネスチャンスを見つけたわけでもなければ、、、将来的な希望が見えたわけでもなく、、、経済的に余裕があるわけでもないのだけれど、、、

 

たぶん。2017年から2年間、恐怖、孤独、絶望と怨念の中のどん底の中にいたから、、、生きて行けなかったから、一度死んだから、、、そのどん底から這い上がってきたからだと思います。

3年前、私はひとり、フィリピンの田舎街で、恐怖と絶望、孤独、怨念の中で、家族とも息子とも仲間達との交流を一切遮断して、公開しない”REVENGE” というタイトルのブログを100件以上書き続けました。それは、書き続ける事で恐怖から逃れる為、恐怖を恨みや復習に変える事でしか生きられなかったからだと思います。

あの時の恐怖と絶望、孤独そして怨念、眠ることのできない夜を思い出したら、今は何もかもが幸せでしかありません。

例えば、恐怖、孤独、絶望と怨念の中で見たこの海辺の夕日さえも綺麗だと気付かなかったんです。

現在、私は、息子と仲間達と一緒です。夕日が綺麗ってことにも幸せを感じるし、3回の食事を作る事にも、毎日洗濯物をすることも、息子に怒鳴り声を上げることさえにも幸せだなってしみじみ感じています。特に、夜、眠れる事が一番の幸せとも思えます。日常の些細な当たり前の事がこんなにも幸せだったんだと、、、

絶望と恐怖の中で考える事

フィリピンセブ島で私が恐怖、絶望、復習と至った経緯については、刑事事件として現地の新聞やニュースになりました。そして、多くの人が事件について記事にしてくれていますのでそれを参考にして下さい。

セブ島留学<超ブラック>3大事件まとめ

事件については、もう、示談もが成立した事ですのでこのブログでは触れません。

ただ、今、コロナで、ここフィリピンでのロックダウンや、世界での規制(日本では自粛)の中で、今まで築き上げてきたビジネスが崩れ落ちていく恐怖や絶望の中にいる人に伝えたいと言う思いだけで書いています。

私が絶望と不安の中で考えた事は全て間違っていました。

私は、2017年はじめ、会社を乗っ取られ、そして全てを失いました。私が、絶望に至った理由は、私の大切な人、息子や両親そして私の仲間達の安全が脅かされた事が大きかったと思います。

不安と恐怖の中にいる人は、正常な判断力を失ってしまします。普通に考えれば、他に手段があったでしょうが、、、、強迫観念、恐怖に支配されると判断力を失ってしまいます。

私の場合、犯罪者達によってキャッシュフローが止められてしまいました。そんな中、私の学校に滞在する子供達に食事を与えることができなくなる、餓死させてしまう。息子も家族も社会的に殺されてしまうと言う脅迫観念の中にいました。

そうなると、ネガティブな事しか考えられなくなってしまいます。

何度も、何度も自殺を繰り返しました。また、息子を残しては息子が不幸になるとも考えました。子供と一緒に死のうとも考えました。今、思えばありえない事ですよね。

でも、恐怖と絶望の中で狂ってしまうと、、、そんな考えしか浮かばないんです。

それを、阻止してくれたのは、私が経営していた語学学校のフィリピン人職員達でした。

狂った私の死を防御する環境を整えてくれました。だから、生きる事ができました。

自殺未遂て、めっちゃくちゃ惨めですよ。

貧困層だけが行く病院に運ばれて、警察の尋問を受けて、、、わけのわからんフィリピン人にいっぱい説教されて、、、死んだ目でそれを聞く自分。今、思い出しても惨めさしかないです。

その後、私の経営していた会社のフィリピン人職員によって、インターネットどころか携帯の電波も届かないフィリピンの山奥に隔離されました。

それが、今、私が生きている結果となりました。

 

絶望の中、何にもない山の中の生活を書いた私のブログです。

フィリピン山奥の生活

 

生きる

何が言いたいかと言うと、、、

生きていれば、考えを少し変えれば、未来があるっていう事です。

今、コロナによるビジネスの禁止(日本では自粛)。家族はどうなるのだろう? 職員達は? 色々な責任感。そして将来が見えない大きな不安がみんなあるかと思います。

だだ、生きている事で、いつか見えてくるものがあるかと私は思います。

何が、見えてくるのか、人によって違うと思うし、私にはわかりません。

価値観が変わった時に見えてくるもの、そして、今までの景色も変わってくるかと思います。

だから、コロナ以外で誰も死ぬ必要はないって事!

コロナの効果

コロナによって、世界中の多くの人が、想像を絶する困難の中、色々と考えることができたと思います。

また、利益だけ追求したビジネスの在り方や、利害関係にも変化があった事でしょう

また、偽善者達が明らかになってきて、静かにコツコツと努力してきた人が表にでることができる社会になりつつあるのでは、、、と思います。

それについては次のブログで^^V