どうなる?日本の子供達の将来

2011年3月、私は4歳の息子(リオ)を連れて、親子二人でフィリピンセブ島に移住しました。

2016年12月末、私はリオの安全を確保するために、冬休みバケーションという名目にて彼一人で日本の実家に送りました。

そして、2017年2月日本に帰国しました。

リオは、ママが迎えに来た。セブ島の学校に戻れると思ったのです。もう、セブ島には、二度と帰れないと説明してもリオには納得できませんでした。

リオが4歳の物心がついた時から8年間生活していたフィリピン セブ島は、リオにとってもう一つの母国だったのです。多くの友達がいました。フィリピンセブ島には彼の夢があったのです。 リオのセブ島

また、リオの母国語は英語となっていたのです。日本語を話すことはできましたが、読み書きは、ひらがな、カタカナ程度だったのです。

8年間過ごしたフィリピン、セブ島でのお友達ともお別れを言うことも出来ず、心の整理もつかないまま、突然、日本の学校へ転校したのです。何よりも、学校の授業は日本語で行われます。先生の言っている意味もわからないのです。当時、彼をインターナショナルスクールに入れる資金もありませんでした。

当時、リオは荒れていました。学校に行きたくない。アテネオ(フィリピン、セブ島の彼の学校)に戻りたいと毎日泣いていました。学校も多く休みました。

 

私は、リオと約束しました。

ママに1年間、時間を下さい。ママは1年間でリオがアテネオ(セブにリオの通っていた学校)に戻れるように準備してリオを迎えにくると約束しました。リオは1年間、日本に留学したと思って日本語をしっかり勉強しなさいと、、、

そして、2017年6月、リオの誕生日を終えて、リオと離れてひとりフィリピンセブ島に戻ったのです。

リオの日本

リオが生まれてから、私たち親子は生活も仕事の時も常に一緒でした。離れ離れに暮らすことは、私達にとって初めての経験だったのです。

 

私がセブ島に立ってから、リオは1日も休まず学校に行くようになりました。

リオの通う日本の公立小学校は、少人数のクラスで成り立っている田舎の学校です。

80才近い父親と学校の先生達と連携してリオの日本語サポートが行われました。放課後には、教頭先生がリオのために漢字の個別授業を行ってくれました。そして、先生達は、リオのテストやプリント全ての漢字にひらがなをつけてくれたのです。リオが6年生になるまでの1年間以上もです。

両親や小学校の先生達の温かい大きなサポートのおかげもあり、段々と彼は自信を取り戻すことが出来ました。友達も多く出来ました。

そして、2018年4月リオは中学生となったのです。

私のセブ島

傷つき荒れたリオを、ひとり日本に置いて来た当初、毎日、毎日考えるのはリオの事ばかりでした。そして、私には1年間しか時間がないと言う焦りでいっぱいでした。

2018年6月、リオとの1年の約束の時、日本に帰国しました。

約束の時

2018年6月、日本に帰国。リオは私がセブに渡った時とは違う生き生きした顔をしていました。

そして、中間テストの結果を私に自慢げに見せたのです。5科目の総合360点、平均点より少し高い点数でした。国語が20点だった事を考えると他の教科は、まずまず着いていけるようになったのです。

小学校5年生で、日本の学校に転校した時点では、ひらがな、カタカナくらいしかない日本語力だった事を考えると彼なりに、かなり努力したと言うことが伝わってきました。

また、野球部の先生を慕って野球部に入ったとユニフォームを見せてくれました。

彼は言いました。“ママ、日本もええで。ママ、フィリピンなんか危ないから日本に帰ってきたらいい。日本で一緒に住もうよ” と、、、

嬉しいやら、悲しいやら、、、やっぱり、嬉しい気持ちになりました。

そして、リオの頑張ったご褒美と誕生日のプレゼントに、リオから再三お願いされていたauの携帯電話をプレゼントしたのです。

そのことが、後に大きな問題となったのです。

リオに、もう少しだけ待って、、、とお願いし、私はセブ島に戻りました。

フィリピンの子供達と日本の子供達

セブでのリオは、多くの友達がいました。高級下の住宅地にあった私達の家には多くの子供達が集まっていました。小学校低学年から高校生まで年齢も様々なお友達が集まりました。殆どの子供達はスマートフォンの携帯を持っていました。しかし、彼らにとってのスマートフォンは、両親や友どちとの連絡手段や調べ物をする手段しかなかったのです。子供達同士で遊ぶ時には、プールや公園、自宅でお話をするのです。

日本では、フィリピンで購入したスマートフォンは自宅のwifiを使って、ママとの連絡手段や、リオにとって母国語となっていた英語での映画等を見る為に使っていたのです。

リオが6年生になったばかりの時、ゲーム機を買って欲しいと私に連絡が入りました。彼曰く、ゲーム機がなければ友どちと遊べないと言うのです。みんなで集まった時に、みんなゲーム機をコネクションして遊んでいる。僕はいつも見ているだけと言うのです。

ゲーム機がなければ、お友達と遊べないなんて、、、そんなバカな事あるはずがありません。“あなたにはスマートフォンがあるでしょう”と返信したのです。

すると、みんなスマートフォンを持っていないから、僕ひとりしか遊べないと言うのです。

8年間、セブ島で生活していた私には日本の小学生事情はわかりません。

“友達と遊ぶのにスマートフォンもゲーム機もいらないでしょう” と却下したのです。

 

そして、中学1年生になったリオは言いました。

みんな、日本のスマートフォンの携帯を持っているから、誕生日に買ってと。

 

現在、私はフィリピンの田舎町に住んでいます。

私の自宅には田舎に住むの多くの子供達が集まります。彼らの自宅にはテレビもガスコンロさえもありません。しかし、彼らは、一家に一台のスマートフォンを持っているのです。WIFIは、町役場で開放されています。子供達は、家の農家や漁業のお手伝いをしながら、時間を作っては町役場で、インターネットと英語を使って多くの情報を手に入れ勉強するのです。将来、家族の家計を助ける為に勉強するのです。

そんなフィリピンの子供達を見ていた事もあり、auスマートフォンをリオに誕生日プレゼントしたのです。

どうなる日本の子供達

2018年10月、再び私は日本に帰国しました。

私は、帰国と同時に両親から苦情を聞かされる事になったのです。

リオは、学校や塾から帰ってきて殆どの時間をスマートフォンを見て過ごしている、、、そのせいで成績も落ちてきたと言うのです。

リオの幼稚園時代のママ友たちと集まりました。リオの同級生5人の子供達も一緒です。ママ達がお話をしている間、子供達はそれぞれスマートフォンを見ているのです。そして、面白い動画を見つけるとその情報を交換するのです。子供達の会話はスマートフォンを通してなのです。子供たちは、みんな下を向いてスマートフォンを見ているのです。それも何時間もです。

レストランでも、同世代の他の子供達の間でも同じ光景が見られるのです。

 

日本事情に疎い私はびっくりです。

ママ友に “これ普通なの?” と聞きました。

ママ友によると、今の子供達の普通だと言うのです。

ママ友たちも子供達のスマホ依存症に手を焼いているとの事でした。

あるママは、夜10時になるとスマホを取り上げるようです。しかし、夜中まで永遠にラインの着信音は鳴っているとの事でした。

リオのスマートフォンのラインの着信音も、夜中まで鳴っているのです。

 

ママ友たちによると、子供達はラインで多くのグループを作っているのです。

友達のグループ、クラブのグループ、塾のグループ等、様々なグループ会話をするのです。

グループの子の中には、母親におやすみなさいと自分のお部屋に入って隠れてずっとラインをしていると言うのです。その為、夜中までラインの着信音がなると言うのです。

ママ達によると、子供達はスマホで連絡を取り合っているのでスマホがなければ遊びのお誘いもなくなると言うのです。

現に子供達の間で “あいつスマホ持ってないから面白くないから誘わんとこ” と言う会話がなされていると言うのです。

 

私の小さな世界の中だけかも知れませんが、、、

何かが間違ってると考えるのは私だけでしょうか?

さて、どうしたらいいものか、、、真剣に考えないといけません。

フィリピン田舎生活! 山の食材を使ったスイーツ

スイートポテト

フィリピン  セブ島南部の田舎は、山と海の自然に囲まれています。山からの幸と海からの幸を楽しむ事ができるのです。

食材には全く苦労しないのです^^V

いつも、遊びにくる唯一の村の小さな友達アロナが、山で取れたサツマイモを持ってきてくれました。

フィリピン田舎の子供達は、学校が終わった後や休日は、農家のお手伝いをするのです。

彼女が収穫したサツマイモを使ってスイートポテトを作る事にしました。

てきとうスイートポテト

材料

サツマイモ10個くらい

はちみつ 適当

コンデンスミルク 適当

牛乳 適当

メープルシロップ 適当

 

  1. サツマイモを茹でます。固めだと芋の食感が残る歯ごたえがある感じに仕上がります。やらかめだとしっとりした感じになります。
  2. 茹でたサツマイモを、ビニール袋に入れます。(ボールでもいいです)
  3. サツマイモを潰していきます。
  4. ある程度サツマイモがつぶれたらコンデンスミルク、ハチミツ、香りつけにメープルシロップをお好きな甘さに調整しながら入れます。コンデンスミルクやハチミツの変わりに砂糖でも大丈夫です。 ↑現地で取れたてハチミツ 130php(300円くらい) ハチミツの変わりにお砂糖でも オッケーです。↑フィリピンのスーパーではどこでも置いてあるコンデンスミルク(練乳)別に入れなくても大丈夫です。
  5. 牛乳を入れて混ぜやらかさを調整します。生クリームがあれば生クリームでもいいです。牛乳だとさっぱりした味、生クリームだとしっとりした味となります。柔らかさはしっとりぼってりが目安です。牛乳が少なすぎると出来上がりがボソボソに。柔らかすぎると成形しにくいです。
  6. 手のひらで形を整えオーブン天板に並べていきます。天板のにアルミホイルやクッキングシートを敷くと焦げ付かないです。(アルミホイルの場合、薄く油を塗っておくとへばりつきにくいです)
  7. 卵黄を塗ります。
  8.  160-170度くらいで卵黄に軽く焦げ目がつく程度に焼きます。トースターでもオッケーです。

 

 

このくらいの色が目安です。

出来上がり💞

いただきます。

私の田舎の息子ゴイ君も💞

海からは、こんな収穫も^^v

 

 

 

 

ドゥテルテ政権により変わりゆくフィリピン:田舎者外人視点

私、佐々木綾子は、日本では、約20年間看護師として医療現場で勤務していました。

最前線日本医療の裏には、超高齢化社会や核家族の増加による孤独最前線日本の医療に絶望した事もあります

日本医療現場の真実

 

2011年、当時4歳の息子と共にフィリピン セブ島に移住してきました。

そして、貧国にて医療が受ける事ができないと言うフィリピンの医療の現状 また、フィリピン人と日本人の幸福感の違い、家族感の違い、死生観の違いに衝撃を受けました。

フィリピンと日本の死生観の違い

フィリピン医療現場の真実

 

現在、私は、フィリピンセブ島より、約4時間車を走らせた田舎で地元住民達と暮らしています。

私は、日本でもフィリピンでも政治や宗教には、一切興味がありません。

フィリピンの田舎に暮らす私の小さな世界から見た、変わり行くフィリピンについての私の独断的見解を述べます。

 

2016年、ドゥテルテ氏がフィリピン大統領に就任しました。彼が大統領に就任した直後より、麻薬撲滅戦争と称し、法的殺人として多くの麻薬関係者の死体がフィリピン中に転がりました。

また、多くの政治家や資産家が、麻薬や腐敗政治に関係しているとして、暗殺もしくは逮捕されました。

 

現在、多くの外資系企業のフィリピン参入もあり、フィリピン経済はうなぎ登りに上昇しています。フィリピン各地で建設ブームでもあります。それに伴い物価は上昇しています。

 

インフレによる経済格差により都市部では、ドゥテルテ離れも囁かれています。

しかし、今も尚、ドゥテルテ大統領は高い支持率を確保しています。

 

なぜでしょうか?

私は、フィリピンセブ島から、4〜5時間離れた田舎に住んでいます。

地域の人たちと地域に入り込んだ生活をしています。

山で野菜を育て、海で魚を取り、ココナッツの木から作った自家製ココナッツワインを飲みながらブログを書くと言う生活です。

 

私には、フィリピン都市部に生活する有権者や大富豪とのプライベートな付き合いはあまりありませんが、一般階級と呼ばれるフィリピン人や、田舎に住むローカルフィリピン人と呼ばれる人達との交流を楽しんでいます。

 

その、フィリピン田舎暮らしの私の視点で、変わりゆくフィリピンについて述べます。

 

セブの田舎では、2015年末から開始された大統領選挙中に配られたドテルテ大統領のポスターが未だに村中に提示されています。

多くの人は、ドゥテルテ大統領の名前が書かれたTシャツを着ています。

 

セブ島の私の住む田舎では、ほとんどカトリック信者です。

イエス、キリストの子供の頃の名前であるサントニーニョと呼ばれる人形や絵画を自宅の神棚に飾っています。

その隣にドゥテルテ大統領のポストカードを飾っている家庭も多くあるのです。

 

田舎では、ドゥテルテ大統領は神と同じような存在で崇められているのです。

 

田舎のほとんどの家では、自宅にテレビはありません。

少し、裕福の家庭にテレビをみるために集まるのです。

私の田舎の自宅にも、テレビを見せて欲しいと多くの人が集まります。

また、町役場では、住民が視聴できるテレビとWIFI が無料で開放がされているのです、そこに、多くの村民達が集まるのです。

 

村民達の見たい番組は、世界中に有名なフィリピン人ボクサーであるパッキャオの試合もしくは、ドゥテルテ大統領の出演しているテレビ番組です。

 

私の観察によると、フィリピン経済成長に伴うインフレは、田舎に住む住民には、ほとんど影響がないようです。

 

その理由は、彼らは、衣食住には困っていないからであります。

フィリピン田舎には、山があります。山では多くの芋や野菜が収穫できます。そして、そこには、豚や鳥が家畜されています。

海があります。海から多くの魚介類が収穫できるのです。地元で収穫された食材は、地元の市場で低価で販売されています。もしくは、山の幸と海の幸の物々交換もされているのです。

衣服は、日本や韓国等からの古着が、10php(20円)単位で販売されているのです。日本、韓国からの古着は素材もいいのです。

田舎の暮らしの中では、化粧品など必要ありません。少し裕福な人が趣味として化粧をする程度でしょう。最新ファッションも、キラキラ貴金属も必要がないのです。

 

ただ、彼らにとって一番の問題は、小さなお金がないとう事です。

それは、いざ、家族が病気をした時に病院に支払う資金がない。

公立学校は無料でありますが、教科書やノートを買うお金がないと言うものです。

しかし、2016年、大統領に就任したドゥテルテ大統領の政策により、60歳以上のシニアは、公立病院での治療が無料となったのです。

また、私の住む田舎では(他の地域はわかりませんが)60歳以上のシニアに月1500php(約3500円)と、お米や缶詰等の食材が支給されるのです。それは、仕事を持たなかった人の最低限度の支給額であります。長年会社勤務していた人にはSSSと言う年金が追加されて支払われるのです。

そして、以前まで、五人くらいで一冊の教科書しかなかったフィリピンの公立学校には、ひとりずつに教科書が与えられたのです。

 

ローカルフィリピン人によると、政治家の汚職に使われていたお金が、社会福祉に回されたからだと言う事でした。

 

フィリピンの田舎では、それだけで十分暮らしていけるのです。

田舎の各町役場では、WIFIやテレビが公開されています。そこで、情報を得られるのです。

 

また、フィリピン全土にシャブと呼ばれる麻薬が満悦していました。

ドゥテルテ大統領の麻薬撲滅戦争によって、多くの麻薬関係者が暗殺されました。多くの貧困層の麻薬使用者の暗殺に非難の声が高まり報道されていました。

 

そして、麻薬撲滅戦争によって、麻薬の価格は上昇していきました。マニラやセブなどの都市部では、それでも麻薬を手に入れるルートはあるでしょう。しかし、フィリピンの田舎まで麻薬が回ってくることは困難となったのです。

 

家族の中の一人でも麻薬を使用している事で、経済的にも精神的にも家族が不幸になってしまいます。

 

例えば、父親が収入を麻薬の購入に使う、麻薬のせいで暴力を振るうと、その妻や子供達は、“世の中に麻薬なんてなくなればいい“と願うでしょう。

 

子供が麻薬に染まると親は “お願いだから世界から麻薬がなくなって‘欲しい”と思うでしょう。

 

まさに、フィリピン田舎では、麻薬はもう、欲しくても手に入りにくい物になったのです。

 

しかし、その反面、ドゥテルテ大統領が掲げた、麻薬撲滅戦争にて多くの暗殺者(ヒットマン)が生まれました。

日本人による日本人暗殺事件も起こっています。毎日のように暗殺事件の報道が流れています。

小さな町、セブ島だけでも、2017年2月から8月までの半年間だけで、銃による暗殺事件の統計は100件を超えています。

この事は、ドゥテルテ政権の麻薬撲滅のために掲げた法的殺人のマイナス効果だったのでしょう。

また、ドゥテルテ大統領によって整備された社会保障にも及ばない勢で、都市部のインフラは進んでいます。都市部では、経済格差の問題が常に報道されています。

 

しかし、それでも尚、ドゥテルテ大統領の支持率が高いのは、都市部で住む人と、都市部以外で住む国民の人口比列にも関連するのでしょう。

 

今度の、フィリピンの動向に興味津々です。

 

美人は世界に通じる  ~ Beauty is acceptable all over the world~

美人は完璧になり得る(私の自論) ~Beauties can be perfect~

私は、2012年より5年間、フィリピンセブ島で語学学校を経営していました。

濃厚なマンツーマン授業を受けるフィリピン留学は日本でもブームとなっています。日本、韓国、台湾を中心に多くの学生達がセブ島に留学しています。

私の経営していた語学学校でも、常に100人〜300人の学生が滞在していました。マンツーマン授業が主流なフィリピン留学では、学生の数に相当の講師の数と、学生を支えるスタッフ達が必要となってきます。

その為、年2回のジョブフェアー(雇用試験と面接)を各地大学等で開催し、講師雇用を行っていました。

ジョブフェアーでは、試験や講師としてのスキル、デモンストレー、面接が行われます。私は、地方での講師採用のジョブフェアーには必ず参加していました。

講師として能力等については、プロのアカデミックヘッド(校長先生)や、講師トレーナー達が判定します。

私が見るのは、外見的美貌や清潔感、外国人に対応できるマナー等であります。

 

私の趣味の範囲でもありますが、

地方(田舎)の素朴な美人を見つけるとダイヤモンドの原石を発掘したような幸福感に満たされるのです。

特に新卒の素朴な美人を見つけると喜びは頂点に達するのです。

 

ダイヤモンドの原石は、ただ単に美人では駄目なのです。アトラクティブな美人なのです。愛嬌のある美人でなければならないのです。

 

もちろん、語学学校の英語講師としての素質も大切です。元々大学の教育学部等を卒業している事もあり、講師としてのスキル等は、講師トレーナーや先輩講師から学ぶ事ができるでしょう。その部分は、教育のプロが育てて行けばいいのです。

 

授業がわかりやすくていい講師だけど、美人だったら完璧なのに!! というのもあります。

 

美人は、磨けば完璧になり得るのです。

 

田舎から出てきた講師達は、初めはすごくシャイです。トレーニングと、学生達によって、段々と自信を付け優秀な講師に成長していくのです。

それに美人が加われれば、生徒たちに、もてはやされれば、もてはやされるほど、あか抜けていくのです。おしゃれになっていくのです。美貌にも磨きがかかるのです。パーフェクトのなり得るのです。

素朴な美人から、華やかな美人と変化していく過程を見ることのは楽しみのひとつでもあるのです。

 

それは、講師だけではなく、オフィススタッフにも言えます。

経営部隊は、事務長や会計士や人事部長等は、専門的な能力が必要です。裏舞台で会社の歯車となります。特に美貌は必要ないでしょう。

 

しかし、学生対応の事務員達は、アトラクティブな美人が求められるのです。

苦情も少なくなるのです。

このような、可愛い女の子達がいるオフィスは、ハーレムのようです。

 

そして、毎日、“今日も可愛い” “おしゃれ” ” 綺麗だね”と声をかけるのです。

すると、更に可愛く、おしゃれに、美人になっていくのです。

 

そして、毎日笑顔で仕事ができるのです。

 

もし、私がおっさんであれば、それはセクハラと受け取られるでしょう。

でも、おばさんだから大丈夫なのです。

実は、女性は異性より同性から褒められる方が嬉しいのです。

 

そして、美人は看板娘、広告塔にもなれるのです。

 

旬は、22歳から28歳くらいまででしょう。

 

30歳を超えたら、女性をアピールするより、母性をアピールする方が良いでしょう。少し惜しい人もです。

母性は、結婚している子供がいるに関わらず、女性の本能にあるものなのです。前に前に出るのではなく、一歩引いて見守れる気配りができる女性となればいいのです。

 

私の自慢のダイヤモンド達は、美貌だけではなく知性も備わっているのです。

彼女達は、全員、私が経営していた語学学校の職員達です。

もう、彼女達は、そこにはいません。

現在、彼女達は、それぞれ巣立ち、もっと大きな世界で活躍しているのです。

 

美人は、人を幸せにするというお話でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリピンビジネス光と闇:詐欺師まがいと詐欺師

近年、日系語学学校や日本IT企業のフィリピンセブ島への参入と、急速な経済成長の中、フィリピンセブ島に移住してくる日本人人口は右上がりに増えています。

それと、同時に日本人による日本人への詐欺事件が横行しています。しかしながら、事件として裁判に上がるケースは、氷山の一角です。ほとんど、詐欺にあっても泣き寝入りしてしまう現状が、ここセブ島にはあります。

他の地域や、他の国、特に発展途上国でも同じような現象が起こっている事は容易に推測できます。しかし、私はフィリピンセブ島でしか海外移住経験がありません。従って、情報と経験があるフイリピンセブ島に焦点を当てて述べて行きます。

なぜ、フィリピンセブ島に詐欺師が横行するのか

私が考察する3つの理由

1.  同じ国籍であると言う事が海外での危機管理意識が低下する

2.  日本の法律と海外の法律の間にて、告訴を断念してしまう事が多い。即ち、詐欺犯罪を犯しても、事件にも犯罪にもならない。

3. 情報の軽いセブ島日本人社会は詐欺師にとって絶好な詐欺環境がある。即ち、証拠や根拠がない噂レベルの情報であっても天才的な話術があれば、人を動かすことができるのです。

https://ceburesort.info/archives/2867

 

セブ島ボッタクリ詐欺師まがい

フィリピンセブ島には、天才的な詐欺師ではなくとも、小さな詐欺師まがいは多く存在します。

私は、ほとんどセブ島に住む日本人との交流はなかったのですが、それでも、付き合わなければいけない場面も多少ありました。

 

なんとま〜

意識的なのか無意識なのかはわかりませんが、二枚舌、三枚舌の人が多いのでしょう。

私のセブ島での狭い付き合いの中では職人堅きという人には会う事はありませんでした。

 

例えば、長期在比する日本人は、新規参入の日本人に日本クオリティという名のにおいて、ぼったくりに近い商品やサービスを売りつけます。

現在、フィリピンは、急速な経済発展に伴い、特に都市部ではインフラの問題が深刻化してきています。インフラに伴い都市部に住む一般階級以下の人達の生活は苦しくなり、経済格差が更に大きくなってきています。

 

それでも、人件費、物価、地価共に、日本に比べて格段に低価なのです。

フィリピン物価事情の知らない新規参入してきた日本人達に対し、長く在住する日本人達の中には、フィリピンの物価での商品やサービスの提供に日本の物価に合わせた価格で販売もしくは提供するのです。

次第に新規参入しきた日本人達は、移住が長くなるに連れて、少しのサービスは悪くてもフィリピン人に依頼したほうがクオリティが高い場合も多く、なによりも価格が安いという事に気が付くのです。

そして、新規参入者の中には、セブでの移住が長くなるに連れて、後に参入してきた日本人に日本クオリティーを売っていくようになるのです。

何も知らない新参者達は、たいていひどい結果になるパターンが多く見られます。

これらのことは、詐欺事件ではありません。詐欺師まがいです。二枚舌、三枚舌を使う詐欺師まがいは、徐々にその腕を上げ、本物の詐欺師へと成長していくのかもしれません。

天才詐欺師

本物の天才詐欺師と、ボッタクリ詐欺まがいとは違います。

天才的な詐欺師というのは、ある意味、手品師(マジシャン)であり、催眠術者でもあります。

手品師は、手技を使って多くのトリックを仕掛けます。催眠術者は、洗脳を使ってトリックを仕掛けます。

詐欺師は、話術と洗脳を使ってあらゆるトリックを仕掛けるのです。

そのためには、念入りな下準備も必要になってきます。獲物が大きければ大きいほど、準備に手間と時間を惜しまないのです。

詐欺師は天才的な話術を使い、彼の頭の中にある絵のパズルを完成させるために、噂というピースを、あちこちにばら撒いていきます。そして、博打ゲームをするように人を駒として動かしながら、途中で不要となった駒は捨て新しい駒に入れ替えゴールに向かうのです。

 

 

フィリピンビジネス光と闇:詐欺師が横行するセブ島

フィリピンセブ島での詐欺事件

フィリピンセブでは、詐欺を中心とした日本人による日本人への犯罪、韓国人による韓国人への犯罪等の同じ国籍同士の詐欺事件が絶えなく起こっています。

2012年から2013年にかけて、フィリピンのセブ、マクタン島で私が経営していた語学学校で5〜6組の親子留学、家族留学の入学を受け入れました。

入学時期や期間はそれぞれ異なりますが、彼らは皆、東北地方太平洋沖地震による福島原発の放射能汚染からの疎開者でありました。

彼らは、日本で放射能避難の場として、放射線濃度の低いフィリピンセブ島で避難生活という謳い文句のウェブサイトより、家族または、親子でセブ島にやってきました

彼らは、サイト管理者と思われる日本人の指定されたフィリピンの銀行に大金を振込ました。しかし、準備されていた住宅は、振り込んだ資金に到底値しない施設であり、安全も確保されていない場所でした。

路頭に迷った彼らは、学生寮があり安全が確保されている語学学校へ入学してきました。彼らは、当時オーナーであった私に相談しました。

私は彼らに弁護士を紹介し、彼らと共に弁護士事務所に相談に行きました。彼らが大金を振り込んだのは、フィリピン登記の会社であり、彼らに入金を誘導した日本人個人の銀行口座ではありませんでした。

そして、フィリピンの法律でセブ州では、会社登記は、日本人を含む外国人は40%の株しか持てないのです。(事業内容によっては0%)しかしながら、彼らを騙しお金を振り込ませた日本人は1%の株主でもなかったのです。100%フィリピン人株主の会社でありました。

フィリピン人100%株主の、フィリピン登記の会社銀行口座に彼らは、日本人の誘導にて大金を振り込んだのです。

福島原発からの放射線疎開の彼らにとって、放射能の安全性を求めてフィリピンに初めて入国し、フィリピン人とのコネクションも土地感もありません。フィリピンでフィリピン人の会社に対しての告訴は困難なものでした。

そして、詐欺を起こした日本人の住民表は日本にはありません。日本に住民表のない相手を日本で告訴する事は「国際裁判管轄」の壁により、困難を要するのです。

当時、福島からフィリピンセブ島に避難に来た多くの家族が大金を失い泣き寝いりをしたのです。

被害者が犯罪を告訴しない以上、日本人を騙し日本人より大金を取得した犯罪は犯罪としても事件としても成立しないのです。

味を占めた日本人は犯罪を繰り返す事になるでしょう。

 

現在、フィリピンセブ島では、日本人による日本人に対しての多くの詐欺事件が裁判案件に上っています。

しかしながら、裁判まで上がっているケースは、氷山の一角なのです。

福島原発からの放射能疎開家族のように、泣き寝入りしたケースがほとんどなのです。

 

フィリピンセブ島で日本人詐欺師が横行する3つの訳。

同じ日本人だから、信用してしまった。

 

”海外、それもフィリピンでビジネスを行うにあたり、在比邦人を信用しないのは基本の基本”

 

なぜ、フィリピンセブ島で、日本人による日本人詐欺が横行するのでしょうか?

私を含め、日本人に騙された日本人は口を揃えて言うのです。

『日本人だから信用した』『日本人だから安心してしまった』

フィリピンセブ島で、日本人による日本人詐欺が多い一つの理由は、

”同じ国籍であると言う事が海外での危機管理意識が低下する” 

という事ではないでしょうか?

私は、フィリピンセブ島でしか移住経験がありません。したがって、他の地域や他の国の実情はわかりません。しかしながら、これらの事は、海外、特に発展途上国の日本人社会に共通して言える事ではないかと推測します。

日本の法律と海外の法律の間の犯罪

2012年から2013年の間に起きた福島原発放射能避難の家族の事件(告訴を断念した以上、事件ではありませんが)のように、日本に住民表のない相手を日本で告訴する事は「国際裁判管轄」の壁により、困難を要するのです。また、日本で告訴する為には莫大な費用が必要となります。

そして、日本人はフィリピンという海外で、現地フィリピン人の法人を相手に告訴する事は容易い事ではないのです。経済面でも、語学力面でも、現地コネクション面でも、全てのハードルが高いのです。

そして、今だに横行する汚職政治等のグレー部分があるのです。

長期滞在の日本人や現地有権者日本人には、経済面、コネクション面に焼けています。

 

”腐敗大国、グレーの国では、お金とコネクションが勝つ”

といっても過言がありません。

 

現在、フィリピンはドテルテ大統領の大改革によって、フィリピン行政、立法、司法制度は大きく変わってきています。政治、司法、立法の腐敗に大きくメスが入っています。

だからこそ、私はこの闘いに、日本そしてフィリピンのマスメデイアの力を使うのです。

情報の軽いフィリピンセブ日本人社会

フィリピンセブ島の日本人社会には、詐欺師のやりたい放題天国環境があります。

それは、情報が軽いフィリピンセブの日本人社会環境です。

2013年頃より、フィリピンセブ語学学校の日本ブームや、IT産業の急激な発展により、多くの日本人をはじめとする外資系企業のフィリピンセブ島への参入が開始しました。

若いビジネスマン達が多くフィリピンに流れ込んできました。

小さな、ローカルな町セブ島に、突然、多くの大きなビジネス案件が集まりました。

彼らの情報は、軽く浅いのです。噂次元の話であっても、その小さな社会の中の有権者から発信される情報に皆流れます。

根拠や証拠がない情報であっても、それを調べる事もなく、セブ島の小さな社会の大きな存在である人の声に流れるのです。

即ち、噂が全てを支配するのです。

そして、小さなセブ島の日本社会では、有権者となる事は容易いのです。ある程度の経済力と天才的な話術力さえあれば容易く有権者にのし上がる事ができる環境があるのです。

 

天才的な話術を持った詐欺師にとって、絶好な環境がフィリピンセブ島日本人社会にあるのです。

上記、3つがフィリピンセブ島で詐欺師が横行する大きな要因であります。

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリピンセブ島 日本人社会の光と闇

(私の狭い世界の中での小さな見解)

セブ島の発展と共に変わり行く日本人社会

2011年3月、私は当時4歳の息子と共にフィリピンセブ島に親子移住してきました。そして、2012年8月に語学学校BAYSIDE ENGLISH CEBUを設立、2016年1月17日までの5年間、会社経営に携わってきました。

息子は2016年12月に彼の安全のために、先立って日本へ帰国しましたが、私は現在も尚セブ島の田舎町で暮らしています。

すでに私がセブ島で生活して8年以上が経過しています。

 

この8年間で、セブ島は大きく変わりました。

現在、フィリピン経済の成長に伴い、自家用車を持つ人が増え道路は渋滞しています。8年前、私たち親子がが住むマクタン島から、30分ほど車を走らせると、セブ市街まで出ることができました。今では2時間もかかってしまいます。

ローカルだったマクタン島にも、おしゃれなショッピングモールやレストランが立ち並び、あちこちでビルの建設が行われています。

 

2011年当時、セブ島に在住するほとんどの外国人は韓国人でした。そして、中高齢の方を中心に少数の日本人がセブ島に在住していました。

当時4歳の息子は日本人の生活を守るコミュニティである日本人会が運営する日本人補習校に日本語の勉強の為に通っていました。

毎週土曜日、私達が住むマクタン島から、30分程、車を走らせてセブ市街に位置する日本補習校に息子を送り届け、息子が授業を受けている間、そのビルの1階にあったマニラ新聞社が経営する喫茶店でネット上での仕事をしながら時間を潰すことが、その当時の週末の私の日課でした。

当時、セブ日本人補習校の同じ敷地内にセブ日本人会が併設されていました。いつも、お昼時になると、日本会の役員や職員達がマニラ新聞内の喫茶店に集まっていました。

私は、聞き耳を立てていたわけではありませんが、小さな喫茶店内で彼らの話は私の耳に入ってきます。

若い奥様のお惚気話、家族の幸せ話、セブ島でのニュース等の話など、まるで老人ホームでの会話のような、耳に入る彼らのホンノリした会話内容にホッコリしていたのを思い出します。

時には、毎週末、喫茶店で顔を合わせる私に、セブ島に何十年も暮らしている前日本人会会長や役員の方より、セブで暮らすための助言をいただいたりすることもありました。

当時の私にとってのセブ日本人会とは、小さい街のコミュニティを感じる暖かい空間であったのです。

 

2013年頃より、格安でマンツーマン英語授業が得られるセブ島語学学校の日本ブームや、IT企業などの多くの日系企業のフィリピンセブ島参入が始まりました。

その頃より、フィリピンセブ島の小さなコミュニティであった日本人社会は大きく変わっていきました。

小さなコミュニティの中の、小さなセブ島の窓口である日本人会、そしてセブ島の小さなコミュティ雑誌の窓口に、日本からのフィリピンセブ島でビジネス参入を計画するビジネスマン達が殺到しました。

すなわち、突然、多くのビジネス案件が、ローカルセブの小さな窓口に入ってきます。

そして次第に、ホッコリした老人会のような日本人会は、ビジネスマン達によって運営されるようになって行きました。また、もう一つの小さな窓口であったコミュニティ雑誌と共に大きな勢力に変わって行ったのです。

更に日本から新規参入してきたビジネスマン達は、その大きな勢力の一員となろうと、ビジネスの繋がりを求めてその勢力に群がって行きます。

次第にその勢力は拡大し、フィリピンセブ島に住む日本人達とって、最大権力をもつグループへと成長していきました。

素晴らしい日本のビジネスマン達によって運営される日本人会は、セブ島での日本人会主催の盆踊り大会でも伺えるように、3万人以上の日本人観光客を呼び込み、そして、成功を収めるほどまでの力を発揮します。

 

発展するセブ島日本人社会に潜む闇

セブ島最大勢力の拡大と共に、セブ島に暮らす日本人達にとって、フィリピン最大勢力を支配する権力を持つ者の存在も言葉も大きな力を持つものになっていきました。

フィリピンセブ島の日本人社会での情報は軽いです。情報の信憑生や根拠、証拠を確認することもなく、権力の持つ者から発信される情報のみを信じ、その情報に皆が流れるという傾向が現れます。

そして、権力のあるものは神様のように称えられるのです。

 

それは、日本でも同じことが言えるかもしれません。

しかしながら、日本では多くの権力のある人(著名人)から、多くの情報が発信されます。 どの人から発信される、どの情報を信じるのか選択し判断することができます。

フィリピンセブ島という小さなコミュニティの中では、巨大な一大勢力しかないのです。

そして、小さなコミュニティの中での日本人対象にしたビジネスは、それぞれ繋がりあっています。

セブ島でビジネスを展開する日本人たちは、生活の為にも、彼らのビジネスを守らなくてはいけません。その為には、有権者とは違う意見があっても、大きな声を出して言う事ができない環境が作られていきました。

大きな勢力から干されないように、言動に注意をしながら暮らしていくのです。

 

まるで、強権政治のように…

 

いい人、悪い人、普通の人

最近、誰かが私にそっと教えてくれました。

フィリピンセブ島の日本人は、いい人10%、悪い人50%、普通の人40%だと。

私は、確かにその通りだと思いました。

 

そして私は、日本に住む日本人で例えると、

いい人50%、悪い人10%、普通の人40%だと思いました。

私の認識でのセブ邦人社会の、いい人、悪い人、普通の人は…

 

いい人: 自己の持つ価値観と道徳に従って表現、行動ができる人。

普通の人:自己の生活に被害がないように、自己の価値観や道徳と違っても上手く渡っていく人、または、邦人社会に繋がらない人。

悪い人:利害関係のみで動く人。

悪い人の中には、犯罪に関連した極悪人も数%含まれます。それは特殊な人でしょう。

フィリピン人を卑下する日本人

 

私は、普通の人です。

私は、利害関係で繋がった日本人社会の中に入り込むことを極力避けました。

その理由のひとつは、私はフィリピン人社会の中で、フィリピン人達と語学学校を設立し育てあげてきました。私たちのビジネスの顧客は、日本、韓国、台湾等の外国であり、フィリピンセブ島に住む日本人の利害関係と繋がる事に必要性がなかった為です。

そして、一番の大きな理由として、私自身に権力を持つ者に媚を売り、上手く立ち回るノウハウや、滑舌にビジネストークをする能力も自信もありませんでした。

それでも、セブ島にて営業する同業者や関係者達と時間を共にしなければいけない機会が幾度かありました。

しかしながら、悲しいかな、彼らとの会話からは、私にとって何も得られるものはありませんでした。

自己のビジネス自慢と、派手な売り込み、フィリピン人に対しては、頭が悪い、手癖が悪い、仕事が遅い、自己中心的だ、育ちが悪いと散々バカにして、あたかも上から見下げた視点での話しかないのです。

セブ島に住む日本人の中には、ブログやFBなどの公開される場所にてまでも、フィリピン人を猿と表現した投稿も目にします。

SNS大国フィリピンでは、翻訳機能を使ってフィリピン人達はちゃんと見ています。私の日本語のブログも読んで、適切なコメントやアドバイスをくれています。

彼らを卑下する日本人の態度や言動に、地元人から見る日本人のイメージは地に落ちて行くのです。そして、彼らからの信頼を失って行くのです。

フィリピンという国で、フィリピン人を卑下する前に、フィリピン人が信じられないと愚痴こぼす前に、あなた達のフィリピン人に対する考え方や見方をまず、考え直すべきではないでしょうか?

そうすると、彼らとの距離も必然的に近くなって来るでしょう。信頼関係が生まれて来るでしょう。

私が、5年間フィリピンでフィリピン人達と仕事をした中で、フィリピン人職員に騙された経験は一度もないのです。

フィリピン人達が支えてくれているからなのです。

そういうフィリピン人達は、意外にも何の報酬を求めません。

 

セブ島日本人社会の新たな出会い

私は、フィリピン語学学校経営者という立場でセブ島でビジネスを展開するビジネスマン達との関係の中、利害関係でつなるセブ島の日本人とあえて繋がる必要はないという決断をしました。

そして、予想通りに利害関係で繋がったセブ島のビジネスマン達や、利害関係で近づいて来ていた人たちは、私のセブ島でのビジネス社会撤退と共に離れて行きました。

ところが、全て何もなくなった裸同然になった私に、仕事上であまり良い関係ではなかった方や、意外な方からの励ましやアドバイスに、今まで全く気づかなかった人の優しさや思いやりに気づくことも多いあったのです。

セブ島に住む日本人の方の中に、私とよく似た価値観を持っていた人達とも出会う事ができました。もっと、以前からこういう人たちと繋がっていればよかったのにと思うばかりです。

何もなくなった時にこそ、人の本当の心、暖かさも冷たさも見えるものなのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリピンで多発する日本人犯罪:被害者となる現地フィリピン人達

フィリピンでは、詐欺を中心とした日本人による日本人をターゲットにした犯罪が多発しています。

大きな事件では、日本人の暗殺事件も時折起こっています。報酬を支払いヒットマンを雇い手を汚すこともなく簡単に暗殺をします。

最近では、ヒットマンを雇い二人の日本人を銃殺した殺人の疑いにて、一人の日本人男性が警察に逮捕という報道がフィリピンの新聞、ニュース番組に流れました。日本で報道させたのかは、日本の情報に疎い私にはわかりません。

多くの日本人がフィリピンで行方不明となっています。

 

それは、日本人だけに限ったことではありません。

韓国人が韓国人によっての犯罪も同様であります。

現在、ここフィリピンセブ島の主要な外国人は韓国人、日本人であります。したがって、滞在外国人の人口に比例し韓国人、日本人の犯罪が目立ちますが、他の外国人間でも同国籍同士の犯罪が多いことは容易に想像できます。

同じ国の同じ言語を話す事によって、海外での警戒心は薄れてしまうのです。

 

しかしながら、報道されている犯罪は氷山の一角です。

ここフィリピンで、同国籍による犯罪被害は、自国とフィリピンの法律の狭間で告訴することを諦め泣き寝入りしてしまうケースがほとんどです。

犯罪被害者が告訴することができなければ、事件として成立すらしません。

犯罪をしても犯罪にならない事に味を占めた海外在住の日本人は、犯罪を重ねる毎に詐欺の腕に磨きをかけ、色々な所に犯罪の種を巻き育てていっているのです。

私は、フィリピンでしか移住をしたことがありません。しかし、これらの同国籍間での犯罪はフィリピンに限って起こっている事件ではないと考えます。

日本以外の海外全てに言えることではないでしょうか?

とくに発展途上国では、法的にあらゆるグレーゾーンがあるのです。

例えば、日本や韓国のようにマイナンバーによって口座情報は管理されていません。フィリピンの税務署(BRI)は、裁判所の令状がなければ個人の口座も法人の口座も知り得ないのです。特に海外からフィリピンへの銀行への送金や、インターナショナル口座には手が及ばないのです。

そして、権力と資金のあるものは、犯罪を犯しても裁判官、検察官、警察までも買収できる現状があります。

 

同時に日本人を含む外国人によるフィリピン人への犯罪も多発しています。

フィリピンで多発する日本人犯罪:犯罪被害者となる現地フィリピン人達

現在、フィリピンセブ島には、語学学校、コールセンター等の多くの外資系企業が参入してきています。日本人だけを取り上げても、ここ数年、フィリピンセブ島の日本人人口の増加は著しいものです。

私がフィリピンセブ島に移住してきた8年前のセブ島に滞在する外国人のほとんどが韓国人でした。韓国レストランや韓国サロンが軒を並べ韓国人にとって住みやすい町となっていました。

現在、日本人人口の増加に伴い、観光客ビジネスだけでなく、在住日本人を対象にした日本食レストラン、日本人経営のサロン等の小さなビジネスを開業する日本人が増加しています。現在フィリピンセブ島は、日本人にとって住みやすい町へと変化しています。

フィリピンで日本人を含む外国人がビジネスを立ち上げるには、まずはフィリピンで会社を設立します。株式会社であれば SECという会社登記、個人事業であれば、DTI という事業登記は必須です。

フィリピンの株式会社は、フィリピンの法律で事業内容によりますが60%から100%の株主をフィリピン人としなければいけません。

レストランやサロンまた、全ての個人事業は100%の株主をフィリピン人としなければいけないのです。

したがって、一部の指定地域を除き、フィリピンで会社設立にはフィリピン人の名義を使って会社は設立させます。

信用できるフィリピン人の名義を使う会社、名義貸し斡旋エージェントを使う会社等、フィリピン人の名義を誰にするのかは、各外資系会社や事業主によって様々であります。

フィリピンセブ島では、現在多くの日本食レストランや日本人サロンが切磋琢磨しビジネスを展開する中で倒産してしまうケースも多くあります。それは、日本人の事業だけではなく外資系事業全てに言えることです。

会社や事業の失敗に伴い会社経営者や事業主は多くの負債を負うことになるのです。日本人は日本人を含む外国人への負債の返済はすぐに対応するのです。しかし、フィリピン人に対しての負債には対応しないケースが多いのです。

負債を抱えた会社や事業の法的な登記簿場では、株主は名前を貸したフィリピン人であります。名前を貸したフィリピン人達は、1万円未満の安い報酬で名前を安易に貸してしまうのです。そして、真の事業主、影の事業主である日本人を含む外資系会社の事業主達は、全ての負債を名前を借りたフィリピン人たちに押し付け逃げるのです。お小遣い程度の報酬で名前を貸したフィリピン人達は大きな負債を抱えてしまいます。名義を貸したフィリピン人達は、家族も含め路頭に迷うのです。

そして、名前を貸したフィリピン人には告訴する資金さえもありません。告訴をするための弁護士に支払う資金は、一般のフィリピン人の収入からすれば大金です。お金がなければ告訴もできない現状があります。

毎年多くの被害者が出ています。被害者が告訴できない以上、彼らの犯罪は事件にもならないのです。

日本人を含む外国人社会では、外国で自国の国民が被害者になれば、大きな関心を持ちます。しかしながら、自国の国民が現地の国民に犯した罪には、よほど大きな事件でなければ全く関心がないのです。

そして、海外に移住する日本人の中には、現地のフィリピン人とその家族に犯した罪に関して罪悪感さえも感じない人も多いのです。

それは、被害者は日本人ではないから、別に彼らにとってどうでもいい事なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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フィリピンで多発する日本人犯罪:海外では日本人にとって日本人が危険!?

法律の狭間を利用した海外での日本人に対する日本人犯罪

フィリピンでは、日本人による日本人への犯罪、韓国人による韓国人への犯罪等の同じ国籍同士の犯罪が絶えなく起こっています。

例えば、5.6年前、2012年から2013年にかけて、福島原発の放射能避難にて、私が経営していた語学学校に多くの親子学生を多く受け入れました。彼らはフィリピンセブ島に在住する日本人のセブ島にて放射能避難を呼びかけるホームページのサイトからフィリピンセブ島にやってきました。彼らはセブ島に移住するために、サイト管理者の日本人の会社のフィリピンの銀行に大金を振込ました。しかし、準備されていた住宅は、振り込んだ資金に到底値しない施設であり、そして、安全も確保されていない場所あったのです。

路頭に迷った彼らは安全が確保されている語学学校へ入学してきたのです。彼らは、当時オーナーであった私に相談してきました。

私は彼らに弁護士を紹介し、彼らと共に弁護士事務所に相談に行ったのです。彼らが大金を振り込んだのは、フィリピン登記の会社であります。日本人個人の銀行口座ではないのです。

そして、フィリピンの法律でセブ州では、会社登記は、日本人を含む外国人は40%の株しか持てないのです。(事業内容によっては0%)しかしながら、彼らを騙しお金を振り込ませた日本人は1%の株主でもなかったのです。100%フィリピン人株主の会社であったのです。

フィリピンの会社を設立するためには、セブの会社では60%の現地フィリピン人、授業内容により100%のフィリピン人を株主が必要なのです。例えば、レストランや、2016年私が開校を予定していた現地フィリピン人のためのインターナショナルスクールは100%フィリピン人株主が必要であります。

したがって、一部の地域を除きフィリピンで会社設立をするにあたり、日本人を含む外国人達は、フィリピン人の名義を借りて会社設立をしているのです。会社設立をするための名義貸し斡旋業者も存在するのです。

福島原発からの放射線疎開の彼らにとって、放射能の安全性を求めてフィリピンに初めて入国し、フィリピン人とのコネクションも土地感もないのです。そして、英語を話す事のできない彼らは、フィリピンでフィリピン人の会社に対しての告訴は困難なものでした。そして、詐欺を起こした日本人の住民表は日本にはないのです。日本で告訴することもできないのです。

当時、福島からフィリピンセブ島に避難に来た多くの家族が大金を失い泣き寝いりをしたのです。

その、放射能疎開の家族達から大金を得た日本人は、現在もフィリピンセブ島でセブ島日本人社会の中に溶け込んでいるのです。

2012年夏、BAYSIDE ENGLISH CEBUに大学生のサークル団体の受け入れがありました。その大学サークルはBAYSIDE ENGLISHCEBUだけではなく、セブの他の韓国系の語学学校も利用していました。(2012年当時、セブで開校しは日本経営の語学学校は数件しかなかったのです)約200人の大学生たちはセブの数件の語学学校に分かれて留学していました。彼らの大学サークルのアクティビティの一つにセブ島でダイビングライセンスを取得するというのがありました。

その、アクティビティは学校からの紹介ではなく、学生自身が現地セブ島でダイビングインストラクターをする日本人との間で設定させたものでした。

BAYSIDE ENGLISH CEBUに留学していた30人近い大学生もそのアクティビティに参加していました。約日本円で2万円で2日間の講習でダイビングライセンスを取得できるというものでありました。そして、ライセンスの申請手続きを経てライセンスは学生達の自宅に届くという事でありました。

しかしながら、ダイビングライセンスは彼らの手に届く事はなく、ダイビングインストラクターの日本人とは音信不通となってしまったのです。大勢の大学生達が騙され泣き寝入りすること結果となったのです。

 

2014年には、BAYSIDE ENGLISH CEBU プレミアムキャンパスの60代リピーター学生であった会社社長の日本人男性より相談を受けました。ある日本人より船を創らないかと勧められ、その日本人のフィリピンの会社に船の資金として100万円以上の資金を振り込んだのです。実際に船の斡旋した日本人男性と造船現場にも訪れたとのことでありました。しかし、その日本人男性は、彼の送金した資金と共に姿を消したのです。

私は彼に相談され、私が経営する語学学校の職員によって彼の被害届けは英訳され警察に提出したのです。しかし、この国の被害届は捜査をする義務はないのです。

時間もお金もかかる刑事告訴をしないと捜査は始まらないのです。

海外で日本人によって騙された彼らは口を揃えて言いました『日本人だから信用した』『日本人だから安心してしまった』と。

 

これらは、日本の法律とフィリピンの法律の狭間を利用した犯罪だと言えます。

海外で犯罪被害にあっても被害者は告訴することさえもできないのです。

被害者が犯罪を告訴しない以上、日本人を騙し日本人より大金を取得した犯罪は犯罪としても成立しないのです。

味を占めた日本人は犯罪を繰り返す事になるでしょう。

海外、特に発展途上国では、日本人には日本人が一番危険なのです。