19.フィリピン日系語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBU設立まで

留学斡旋ビジネスの成功

2012年1月、ミスター金へ、Regent Pacific College(RPC)の独占契約費用として1ミリオンペソ(約200万円)を支払い、私のRegent Pacific College (RPC) 日本人独占留学斡旋ビジネスは開始しました。

 

RPCの学生寮の一室に事務所を置き、フィリピン人事務員を一人雇用しました。フィリピンでは有名大学、サンカルロス大学新卒のジュナ。そしてインターンスタッフの日本人大学生、ハルとマルの4人でBAYSIDE ENGLISH CEBU の基盤となるRPC独占留学斡旋ビジネスがスタートしたのです。

インターンスタッフというのは、1日4時間の授業を提供し、その代わりに4時間学校業務を行うという半分学生、半分スタッフの事であります。

ハル、マルと私は、まずはRPCのPDFパンフレットとプロモーションビデオを作成、手当たり次第に留学斡旋エージェント会社のホームページお問い合わせフォームに送りました。

その当時(2012年)、バックパーカーで世界1周を果たした太田英基という青年がフィリピン留学についての著書「フィリピン「超」格安英語留学」が出版されベストセラーとなっていました。

そして、それまで全く知名度がなかったフィリピン留学は徐々に注目を浴びてきていました。

私も本を読みました。韓国人は英語が話せる。その裏にはフィリピン留学があるといったような内容でありました。

日本の留学斡旋エージェント会社は、注目が出てきたフィリピンの語学学校に日本人の留学生を送る学校を探していたのです。

数件の留学斡旋エージェントがすぐに学校見学にきてくれました。

そして、Regent Pacific College(RPC)への学生紹介を開始してくれたのです。また、2010年初めての私たちのセブ島親子留学で知り合った大学生イッシーから、夏休み1ヶ月間の大学生約50人の予約が入ったのです。

リオと私の親友韓国人英語塾講師のスージーは、韓国の英語塾にコンタクトを取り韓国からも数件の予約が入りました。

IT関係に強かったマルは裏方となりパンフレットの作成やエクセルによる学生管理、予約システムを作成し、活発で人当たりのいいハルは外回り、ピックアップや学生ケアに回ったのです。

私は留学斡旋エージェントとメールで営業にあたりました。イッシーからの学生団体の予約もあり6月にはすでに、2012年夏の予約は100人以上となったのです。

当時、ちょうどフィリピン留学ブームの駆け出し時期であったこともあり。良いタイミングでブームに乗ったのか?ビジネスのビの字も知らない私と二人の大学生は喜びと驚きと同時に夢が広がっていったのでした。

 

リオのバースディパーティ

2012年6月、リオの誕生日パーティと留学斡旋ビジネスの開始を祝い学校近くのホテルのプールを貸し切り、RPC講師達、学生達を招き盛大なパーティを開きました。

https://youtu.be/RSX7_Rw7n0w

https://youtu.be/iR_wlyPqY3g

しかし、喜びと夢もつかの間、悪夢と変わっていったのです。

 


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20. フィリピン日系語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBU開校


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7. 医療現場を走り続けた末に授かった宝物

RPC

日本での生活

医療現場を歩んできた私

私は日本で約16年間、急性期医療の現場で看護師をしていました。

急性期医療というのは、救急外来、ICU、外科病棟等であります。まさに命の前線で仕事をしてきました。

医療器具はどんどん進化していきます。勉強しないとついていけないのです。

休みの日には看護協会でのセミナー、結婚や家庭に憧れていましたが恋愛する時間もなく16年が経過していきました。

看護師の給料は悪くはありません。しかし、使う時間がないのです。1年に2,3 回ほど、1週間ほどの長期休暇をとって海外にダイビングに行く事くらいしか。

 

それ以外はほとんどプライベートの時間はないのです。ただ、貯金だけが増えていきました。

 

それでも、救命の前線でアドレナリンを噴出して、そしてやり遂げてホッとする時間が好きでした。

 

気がつけば34歳でした。35歳になれば、四捨五入すれば40歳になります。体力勝負の急性期医療ですが体力にも限界を感じ始めていました。物覚えも悪くなっていくのです。そして、医療現場しか知らない人生を振り返って焦っていました。

 

経験が長い分医療に関しての知識だけは豊富になっていきます。医者は経験、知識が豊富な中年看護師よりも、何も知らない新人看護師が好きなのです。新人看護師たちは次々に医者と結婚していきました。

 

私はお局様だったのです。

ナース

 

人生の宝物

そんな時、世の中ではエリートと呼ばれる男性に出会いました。彼は、私より12歳も年上でした。特にときめいたわけでもないですが、今つかまえとかないと一生お局様で終わってしまいます。

2004年2ヶ月間の交際でスピード結婚をし、夢の結婚退職をしました。

そして、すぐに息子リオを授りました私が35歳の時でした。

 

リオが可愛くて可愛くてたまらないのです。

 

ところが、私の夢の結婚生活は、結婚から1年半、リオが生後10ヶ月の時にスピード別居となってしまいました。

リオには申し訳ないですが、私はそれでもよかったのです。

 

人生最大の宝物リオがいるからです。リオを私に授けてくれただけで感謝でした。

 

それから、リオと私のふたり生活の始まりました。生活には困りませんでした。別居中であっても毎月60万円くらいのの生活費は入れてくれたからです。

 

地域の中では、有名幼稚園にリオを入れ、午後は、スイミングスクール、子供英会話スクール、公文 幼稚園のお母さんたちとの会話を楽しんでいました。

 

教育ママというわけではなくリオと二人で楽しんだのです。

 

そして、リオに色々な国の人達と交流してほしい。私も色々な国の人と交流したいという思いから、自宅近くの桃山大学の外国人学生のホストファミリーとなりました。

 

ほとんどの、学生はヨーロッパから日本にアニメの勉強のために留学していた。

 

ホストファミリーは、ビジネスではありません。ボランティアです。リオと学生たちと料理に旅行と生活を楽しみました。

 

日本での生活

日本での生活

日本での生活

日本での生活

日本での生活

日本での生活

日本での生活

日本での生活

日本での生活

日本での生活

 

 

 


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8. フィリピン・セブ島との出会いスクリーンショット 2018-01-15 15.52.26


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13. フィリピンで緊急入院

フィリピンで緊急入院 in ドマゲッティ

2011年8月、突然、当時4歳のリオが高熱を出しました。そして片方の足はパンパンに腫れていました。

早速ドマゲッティのシリマン大学病院に連れて行きました。

緊急入院が決まりました。

リオをフィリピンに連れて行くにあたり、日本で1年間の海外保険、特に医療に関しては最上級の保険に加入していました。

しかし、現在こそ、ドマゲッティには日本の語学学校や日本企業が参入していますが、当時日本人はほとんどいないかったのです。

もちろん、キャッシュレス(現金の支払いないでの治療ができる)提携は日本の保険会社と締結していなかったのです。

リオは緊急外来より一般病棟の狭い個室に移されました。

初めに入院保障金とお部屋代を支払うのです。そして医師が薬を処方してくれます。医師が処方箋を発行してくれるたびに、私が処方せんを持って薬局でお薬を買いに行き看護師に手渡すのです、それから看護師による投与が開始されるというシステムでした。

リオは高熱でぐったりしていました。

医師が処方箋を出すまでの過程も時間がかかります。リオを病室に残し病院内の薬局で薬を購入するまでも待ち時間もかかるのです。看護師が薬を点滴に調合し投与されるまで1日がかりです。

 

金銭の問題ではありません。

その間にリオの病状が悪化したらどうするのだ!!!

 

16年間、緊急医療に携わっていた私にはわかります。時間の大切さが…

私は多くの緊急場面を冷静に対応してきたという自信がありました。

しかしながら、海外で、それも大切なリオのことになると冷静さを失うのです。

早速、加入していた日本の海外保険会社に電話しました。

 

『子供の命がかかっている。どうにかしろ!!!』と。

 

日本の保険会社は素晴らしいです。

すぐに、シリマン大学付属病院とキャッシュレス提携を結んでくれました。

次の日、リオは、特別個室に移されました。

10畳くらいの病室に電動ベッドと、リビング、キッチンまであるのです。そして、温水シャワー(セブランの自宅は水シャッワーだった)大きなバスタブまでもあるのです。

 

まるで、ホテルの1室のようでした。

 

私は、もう処方箋を持って長い時間、薬局で並ばなくてもよくなりました。抗生物質の点滴投与が迅速に開始されました。医師、看護師たちは1時間おきと言ってもいいほど巡回してくれます。私のために病室にマッサージまでよんでくれるのです。(マッサージは保険適応外であります)

リオは、虫に噛まれた足を不潔な手でかきむしったため、そこからばい菌が入り蜂窩織炎になったとの診断でした。そして、高熱は蜂窩織炎によるものでした。リオの熱も足の腫れも3日後には完治しました。

しかし、医師は休養のためにとさらに1週間、そしてリオの手にできていた小さなイボまで治療してくれると、さらに1週間の入院勧められました。私とリオは2週間以上をシリマン大学付属病院のホテルのような特別室で過ごしました。

 

入院生活は快適でした。ボリバーで友達になったネグロスオリエンタル大学の学生たちが毎日病室に遊びに来てくれました。私たちは学生たちとトランプにUNO を楽しみました。時には、リオの担当医に外出許可もらい街のレストランにおいしいものを食べに行くこともできるのです。

 

シリマン大学病院の前には多くのトラシクルが待機しています。トラシクルに乗って3分で街の中心街に行けるのです。

入院中にネグロスオリエンタル大学の学生達に招待され、ボリバーで開催される大学恒例の行事ランタンパーティにも参加しました。願い事を書いたランタンをボリバーの海岸から海に流すのです。1000近くのランタンが海に流れます。また、空にも多くのランタンが飛んでいくのです。

この時の出会いがきっかけに2012年8月に開校したBAYSIDE ENGLISH CEBUに、ネグロスオリエンタル大学の数人の講師、事務員達が誕生しました。

 

そして、2013年より、BAYSIDE ENGLISH CEBUの講師採用にネグロスオリエンタル大学と提携、講師採用試験、面接をドマゲッティ、ネグロスオリエンタル大学やボリバーのホテル各所で開催、ドマゲッティより、BAYSIDE ENGLISH CEBUの多くの優秀な講師が多く誕生することになったのです。

 

ボリバーでは、時折、ドマゲッティの各大学や企業のイベントやお祭りが開催される。そんな時は、ボリバーのホテルは、ほぼ全て満室になるのです。

そんな時は、リオと私は、ボリバーから少し外れたマリアルイサというホテルを利用しました。

そこは、シリマン大学病院のリオの主治医の家族が経営していることを知らされました。

リオの退院間近の時、リオの主治医は、私たちをマリアルイサホテルで開かれたパーティに招待してくれました。

 

その時の出会いが、私たちのドマゲッティでの第2の生活へと繋がっていくのです。

 


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13. フィリピンビジネス光と闇‼︎落とし穴に落ちた日本人


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1. フィリピンビジネス光と闇!!! わずか3ヶ月で数億円の資産を奪い取られたエピソード Ⅰ :東進ハイスクール元カリスマ講師!!!脅迫録音証拠

録音証拠:東進ハイスクール元カリスマ講師 山中 博の脅迫

この脅迫録音及び脅迫メッセージは、私、佐々木綾子がフィリピンに設立した語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBUの元日本人職員 松井元輝(実名)、土原裕人(実名)そして、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博 (実名)による脅迫状況のごく一部であります。

( 翻訳をオンにして聴いてください)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この脅迫録音及び、脅迫メッセージは、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博(実名)と、私がフィリピンで経営していた語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBUの日本人職員であった松井元輝(実名)土原裕人(実名)による脅迫のごく一部であります 。

この録音記録は、東進ハイスクール元カリスマ講師の指示により、私のフィリピンセブ島の自宅に押しかけてきた松井元輝と土原裕人の脅迫状況を録音のごく一部であります。

 

内容は、

私と両親の個人資金である約 6,600万円(日本円換算)が東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博の資産となった事。

彼らが私から奪った私の個人資金の10倍以上もの投資金を投資家より集めているという事実(10億円にも及ぶ投資金収集)

経営者であった佐々木綾子は投資に関しての詳細を何も知らないと言う事実。

私、佐々木綾子と両親の個人資金が振り込まれた口座小切手一冊分に口座名義人であった私のサインを強要。(金額も支払者名の空白小切手)

私、佐々木綾子の個人のクレジットカード没収、個人PCの没収、個人スマートフォンの没収を脅迫。

日本への帰国を脅迫。

そして、証拠隠滅として私の個人パソコンよりデーターを消去する状況等であります。

 

さらに、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博と彼が指揮する二人の若者の脅迫には、11歳の息子と私、そして韓国人の子供達の命や将来を脅かす内容、年老いた私の両親への攻撃内容が含まれています。

 

 フィリピン セブ島の語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBUの日本人職員(現在 代表取締役) 松井元輝は、この録音の中で、

「あなたが、ヒロさん(東進ハイスクール元カリスマ講師:現在、NGO 団体DAREDEMO HERO代表、BAYSIDE ENGLISH CEBU  オーナー山中博)を信じなければ、OOちゃん(11歳の息子)を殺す 」「OOちゃん(11歳の息子)は100%死ぬことになる」という11歳の息子の生命を脅かす脅迫内容。

 

東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博の「あなたが明日(日本に)帰国しなければ、死ぬことになる。二度と息子とあえなくなる。二度と日本に帰ることはできなくなる」という私の殺害をほのめかす脅迫内容。

BAYSIDE ENGLISH CEBU日本人職員(現在、副社長)土原裕人の彼らの行為は、全て東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博の指示で行われているという証拠が残っています。

 

彼らの脅迫内容証拠はそれだけではありません。これらは刑事告訴の提出証拠書類以外のごく一部の証拠であります。

 

彼らの脅迫は、2017年1月11日から2017年2月8日まで、約1ヶ月間、毎日のように続きました。彼らの録音脅迫証拠だけでも6時間以上の脅迫状況録音を残しています。

 

私はそれらを、すでに警察を含む法的期間に提出しています。

そして、これらを日本、フィリピン、韓国のマスコミにに提出する予定であります。

 

 

“真実は勝者により塗り替えられる。真実を明かすためには勝者になるしかない”

 

卑劣な東進ハイスクール元カリスマ講師の脅迫

 

あれから、すでに1年が経過しました。あの時から私の時間まだ止まっています。

 

1年前の2017年1月末、私はフィリピンセブ市マクタン島の自宅で首つり自殺を図りました。

 

人の心は、こんなにも弱くはかないものなのか…

 

当時の私の精神は…

息子と日本に住む両親の将来も夢も財産も奪われしまう。家族を路頭に迷わせてしまう。

私の経営するフィリピン語学学校の学生、韓国からの子供達30人が餓死してしまう。

私の大切な息子や家族、そして私も殺されてしまう。

という脅迫観念に支配されていました。

 

いや違います。

東進ハイスクール元カリスマ講師、山中博に洗脳されていました。

 

幸いにも私の自殺は、ハウスヘルパーによる住宅街のセキュリティーガードへの通報により阻止されました。

私は、病院に1日入院し、ボランガイタノン(町警察)に自殺に関する事情徴収を受けることになりました。

そして、私の自殺未遂は、高級とはいかないも高級下の住宅街で噂となりました。

 

私、佐々木綾子、約8年前、2011年、当時4歳の息子リオ(ニックネーム)と親子ふたりでフィリピンのセブ島に移住しました。

 

そして、2012年8月15日 フィリピン、セブ市のマクタン島に、外国人を対象にフィリピン人講師より英語を学ぶというコンテンツの語学学校 BAYSIDE ENGLISH CEBUを開校しました。

 

エピソード1

日本での、フィリピン英語留学ブームも追い風となり、開校より2016年夏まで、学校は繁栄し続けて行きました。

2013年には、海沿に第2キャンパス(プレミアムキャンパス)建設、開校しました。2016年3月にはキャンパス増設工事着工、同年9月キャンパス増設工事も完了しました。

2016年2月、フィリピン、セブ島に1.1ヘクタール(3500坪)の土地を購入、4階建ての校舎と学生寮の建設を開始しました。BAYSIDE ENGLISG CEBU第3キャンパスとなるインターナショナルスールの開校を予定していました。

 

2016年、私たちBAYSIDE ENGLISH CEBUは夢に向かって走っていました。

 

しかしながら、2016年11月から2017年1月。

わずか3か月で、私は、日本人が設立するに困難とされるフィリピンのセブ市マクタン島で立ち上げた会社の経営権とその会社の全資産を失いました。

BAYSIDE ENGLISH CEBUの、3つ目のキャンパスと現地インターナショナルスクールが開校のために、私たちが購入した3500坪の土地と施設も略奪されました。

そのBAYSIDE ENGLSH CEBU第3キャンパスの学校及び学生寮は、すでに80%以上の建設が完了し、総額 80ミリオンぺソ(約1億8千万円)の支払いが完了していました。

その上に、私は、手持ち資産60万円ほどの貯金を残し、幼少期の頃から四半世紀以上もの期間、コツコツと貯蓄し続けてきた私の全財産、そして両親の資産、30,382,960.97ペソ(約6,600万円)を失うこととなりました。

 

そのすべてを、一円も支払うこともなく手に入れた男がいます。

 

東進ハイスクール元カリスマ講師であり、現在フィリピン、セブ市でDAREDEMO HEROというボランティア団体代表の山中 博(実名)であります。

 

その背景には、当時、私の経営していたフィリピン、セブ島の語学学校BAYSIDE ENGLISH CEBUの日本人職員であった松井元輝(実名)と土原裕人(実名)の裏切りがありました。

松井元輝は29歳、2013年4月に開校した第二キャンパスの留学生でありました。彼は卒業後インターシップを経てBAYSIDE ENGLISH CEBUの IT技術担当日本人職員となりました。

 

2016年初めより、私は、新キャンパスの開校準備で忙しくなったこともあり、IT 関係で修士号を持つ松井元輝に会社のWeb管理、データー管理を一任していました。

IT関係の知識が乏しい私は、会社データー、会社ホームページ、 会社銀行口座の管理のみならず、私の個人データーである私のパーソナルコンピューターのパスワード、個人メール、個人SKYPE等のすべての管理を任せていました。

 

控えめで礼儀正しく、何よりも忠実であった彼に、私は100%の信用をおいていました。

そして、その信頼がアダとなったのです。

 

金と名声の欲望に狂った飼い犬に噛まれすべてを失うことになるとは夢にも思わなかったのです。

 

私が経営していた語学学校BAYSIDE ENGLISH CEBU IT担当の日本人職員であった松井元輝は、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博と共謀し、最初にフィリピン人管理職より会計と人事データーを奪い、次に会社関係のITシステムすべてのパスワード及び私の個人データーのパスワードを変更することにて、会社データー及び私の個人データーのハイジャックを行いました。同時に新しく会社銀行口座を開設、会社データーと会社資金を手にしました。そして、最後に証拠隠滅を図りました。

 

その手口と根拠、証拠については後に述べるとします。

 

現在、松井元輝はBAYSIDE ENGLISH CEBU代表取締役、土原裕人は副社長であります。

 

そして、それだけでは、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博の欲望は終わらないのです。

 

私達によって購入された1.1ヘクタール(3,500坪)の土地と、すでに私によって80%以上の支払いが完了している学校建設、学生寮建設に、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博は多くの投資家たちより、莫大な投資金を集めているのです。

投資家が誰なのか、どのような名目で投資金が集められているのか私には知るすべもありません。

 

松井元輝の話によると…

10億円は下らない投資金が、BAYSIDE ENGLISH CEBUに集められているのです。

投資家には、東進ハイスクール現役有名講師や日本のメディアでの著名人達が名を連ねているとのことです。

そもそも、すでに土地の購入資金も80%以上の建設費の支払いが私によって完了しています。その上に、私の幼少の頃から四半世紀以上もの期間コツコツと貯蓄詩続けてきた全財産及び私の両親の財産、総額約6,600万円(日本円換算)を手に入れた状況で学校建設に投資を集める必要などないのです。

私達によって土地が購入され、80%以上の建設費の支払いがすでに完了していることを隠して投資を集めているとしか考えられません。

 

それでも投資金額は莫大すぎます。

 

東進ハイスクール元カリスマ講師、山中博に出会った2012年頃、彼が酔っぱらった時に、よく口にしていたことが頭によぎります。

 

「ボランティアとセブの語学学校をつなげれば絶対に成功する。語学学校を通じて企業や金持ちと繋がってボランティアに寄付をさせ、そして、フィリピンの銀行を使って裏で返すんや、企業は税金対策にもなるし俺はマージンをもらう。大儲けや」

 

私は、酔っ払いの戯言として軽く聞き流していました。

 

日本の脱税、フィリピンの銀行を使ったマネーローダリング、そう考えると10億円の投資の説明が付きます。

 

脱税に関連したマネーローダリングについては、あくまでも私の推測であります。

それを推測するに当たるエピソードが沢山あります。後にエピソード、根拠、証拠を用いてそれを述べていきます。

 

幼少の頃から四半世紀以上もの期間、コツコツと貯蓄詩続けてきた全財産及び両親の資産をBAYSIDE ENGLISH CEBUの口座に入金した2日後、完全に精神衰弱した私は、2017年1月11日、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中 博が作成した経営権移行の契約書にサインをしました。

 

そして、それを期に、東進ハイスクール元カリスマ講師、山中博の指揮にて、BAYSIDE ENGLISH CEBU 日本人職員、松井元輝と土原裕人(実名)による脅迫の脅威がさらに増していきました。

 

彼らの脅迫内容は、私の個人資金約6,600万円(日本円換算)を投入させた銀行口座の支払先名も金額も書かれていない空白の小切手一冊分のサインを強制。口座名義者である私、佐々木綾子がサインをすることで、彼らは必要な時に必要な金額を引き出すことができるのです。

また、私の個人クレジットカード、個人パソコン、個人携帯電話の押収、日本への帰国を強要しました。

さらに、彼らは証拠隠滅のため、私の自宅にて奪った私の個人パソコンより、全てのデーターを消去したのです。

そして、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博と彼の率いるBAYSIDE ENGLISH CEBUの職員、松井元輝、土原裕人の私や11歳の息子の生命や家族の将来を脅かす脅迫が繰り返されました。

 

私は、松井元輝が大声をあげて、私の自宅でデスクを叩き 「お前‼ いい加減にしろよ!!!」と怒鳴りちらすこの時まで彼を疑うことはなかったのです。

 

信じていました。

 

彼の大声で私を罵倒する声に自宅近所の人達は集まり、生活と学業の世話をしていた16歳のフィリピン人学生カイルは驚き、私のフィリピン人ボディガードのDOY(ドイ)に連絡をしました。

 

冒頭の録音記録は、金と名声の欲望に狂った二人の若者と、精神衰弱し支離滅裂な私、佐々木綾子。そして、私の自宅に押しかけてきた二人の日本人が私に怒鳴り声を上げているという報告を受け、自宅に駆けつけ仲裁に入るボディガードとの会話録音のごく一部であります。

また、私と11歳の息子リオ、そして年老いた私の両親の命や将来を脅かす東進ハイスクール元カリスマ講師、山中博による脅迫メッセージのごく一部であります。

彼らの脅迫は1ヶ月近く毎日続いたのです。彼らの脅迫録音だけでも6時間以上の記録を残しています。

彼らの脅迫証拠はこれだけではありません

これらは刑事告訴の提出証拠書類以外のごく一部の証拠であります。

東進ハイスクール元カリスマ講師と彼の率いる松井元輝、土原裕人は、学校データーのみならず、私の個人データーまでもハイジャックし、証拠隠滅を図りました。

 

私には何も残っていないはずです。

 

しかし、この異常な状況を、2017年1月末、日本と海外で大きくビジネスを展開する知人に相談していたのです。

 

彼から、

「綾子さん、これはすごく詐欺性が高いです。今から証拠となるものは、すべて確保しなさい。今からの彼らとの会話は録音しなさい」

という助言をいただき急いで証拠確保を開始しました。

 

しかし、時はすでに遅かったのです

 

すでに、彼らは私の全財産を手にしたのち、完全に精神が破壊された私は、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博によって作成された経営権移行の契約書にサインをした後であったのです。

しかし、この時の彼の助言のおかげで、幾つかの証拠を残すことができました。

そして、これが後の刑事告訴を起こす起動力となったのです。

 

それよりなにより、

すべての証拠は銀行口座明細の中にあります。

 

銀行口座明細は、捏造も改ざんもできないからであります。

 

東進ハイスクール元カリスマ講師、山中博によるBAYSIDE ENGLISH CEBU 乗っ取り計画は、数年にわたり粘蜜に計画されていたと私は確信しています。

その根拠と証拠は後に述べていきます。

 

また、以前は一点の疑いを持たなかった松井元輝に疑いを向けたことで多くのことが見えてきました。

 

以前より東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博主導の下、BAYSIDE ENGLISH CEBU日本人職員 の共謀でBAYSIDE ENGLISH CEBU内で横領が行われていた可能性が高いのです

次に東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博とBAYSIDE ENGLISH CEBU 、IT 担当職員(現在、BAYSIDE ENGLISH CEBU代表取締役) 松井元輝による横領の事実を述べて行きます。

 

11歳の子供や病気の老人の命や将来を脅かす東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博被告


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2.  フィリピンビジネス光と闇‼︎わずか数ヶ月で数億円の資産を奪い取られたエピソード2:   東進ハイスクール有名講師群研修費横領疑惑 スクリーンショット 2018-01-15 15.39.01

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40. 自殺に至る精神

破壊された私

破壊された私の精神

私は16年の医療現場で多くの人の生死に関わってきました。

命の大切さは痛いほどわかっています。

そして、終末期看護(死に逝く患者に対しての看護)死生観、命の大切さについて看護学校で講義もしました。若い新人看護師達にも指導をしてきました。

また、自殺をすることによって、その家族に一生残す深い傷を負わせることになります。そんなことも痛いほどわかっています。

 

それにも関わらず、2017年1月末に首つり自殺を図ったのです。

 

私は、余命告知をされた患者ではありません。

そして、ふと一人ぼっちだと気がつき寂しさのあまりに死を選びません。

私は一人ではないのです。リオがいるからです。

それは、寂しくてからではありません。

恐怖のあまりに心が破壊したのです。

心の判断能力機能が完全に破壊したのです。

 

今考えても自分の行動に説明がつかないのです。

 

当時、BAYSIDE ENGLISH CEBUの、学生が学校の資金不足のために食事や水の与えることもできなくなる。餓死してしまうという脅迫観念に私の心は支配されていました。

そして、BAYSIDE ENGLISH CEBUに入学が予定されている学生さん達は空港で難民となるのです。

それは、国際問題となります。

リオや家族は大勢の学生さん達の死により国際社会から非難され日本に住むことができなくなるのです。

家族の財産は全て奪われてしまいます。

私はフィリピンで殺されます。

リオも家族も殺されるのです。

そんな、脅迫観念に私の心は支配されてました。

 

そして、東進ハイスクール元カリスマ講師 山中博と私の経営していた語学学校日本人職員であった松井元輝の誘導の元、学生を救うために、すべての財産を学校の口座に入れたのです。

 

それどころではありません。

私が日本に帰ってからもフィリピンの自宅の金庫に置いてあった。すべての個人の現金(約440万円)を奪いにきた松井元輝に対しボディーガードのドイに松井元輝に手渡す許可を与えるのです。

 

私の心理状態は、死を目の前にした患者と同じ心境となっていたのです。

死を目の前にした患者は、小さな音でも驚くのです。

私は病室のドアを閉める時には、常にドアの閉める音を立てないように閉めました。

そして、死に逝く患者に絶対に背中を見せません。患者の病室を退出する時は後ろ歩きし患者に向き合った状態のまま病室から退出するのです。

なぜならば、死を前にした患者は看護師や家族の後ろ姿を見るだけでも恐怖を感じるのです。

 

当時の私の中での死は私だけの死ではないのです。何十人という学生の死とリオと家族の死、そして私の死なのです。

 

電話の音や車の音だけでも恐怖で震えるのです。

 

家の外で遊ぶ子供達の笑い声に、BAYSIDE ENGLSIH CEBU に滞在する30人余りの可愛い韓国人の子供達が餓死する姿を連想して震えが止まらなくなるのです。

人と会う。人を見ることにも恐怖を感じるのです。

 

恐怖は精神を破壊します。

 

恐怖のあまりにペットボトルの水を一気に2リットル飲み干します。

また、すぐに喉が乾くのです。

そして、また2リットルの水を一気飲みするのです。そ

して、それは一日中繰り返されるのです。

 

そして、キュブラー・ロスの死に逝く心の過程、第3段階の取引き、神頼みの心理となっていったのです。

 

「私の命をささげるので、どうかリオと学生さん達を守って下さい」と。

 

そして、ふらふらとベランダに出ては、洗濯物のロープを取り外し、ベランダの階段に首つりのロープを準備するのです。

何度も首を吊ろうとするができないのです。

大量の水を飲みながら、その行為は朝まで続けられるのです。

朝、ヘルパーさんが、首つりロープを外し洗濯ものを干します。

そして、次の日の夜も、また次の日の夜も、それは繰り返されるのです。

毎朝、首つりロープを外して洗濯物を干さなくてはいけないヘルパーさんがどう思うなどは考えられないのです。

 

また、夜中に震えながら飛び降り自殺をしようと車で建設中の新学校まで車を走らせました。

しかし、建設作業員たちがそこで寝泊まりをしていました。

そして、ゆっくりと自宅に帰ります。

そして、また、別の日にも新学校から飛び降りようと車を走らせるのです。

建設作業員が建設現場で寝泊まりしていることなどすっかり忘れているのです。

そして、また建設現場の作業員が寝泊まりしていることに気づき自宅に帰っていくということが繰り返されるのです。

 

当時、私の状況をヘルパーさんの情報より知ったボディーガードドイは、私には秘密で住宅街のセキュリティガード、町警察と連携して私の行動を監視するシステムを固めました。

私の行動を常に監視し、ドイと町警察に連絡が行くように整えたのです。

そして、いつものように夜間に自殺行為を繰り返す私は、住み込みのヘルパーさんよりセキュリティガードに通報され、町警察にて病院に連れて行かれました。

 

この時の私の心理や行動は、いくら考えて私自身もわからないのです。

 

なぜ、私は、東進ハイスクール元カリスマ講師山中博達によってすでに乗っ取られている会社の口座に私の個人資金と両親の資産までを投入しなくてはいけないのか?

 

なぜ、日本に帰ってまでも松井元輝に現金を渡さなくてはいけないのか?

 

なぜ、学生さんが死ななければいけないのか?

 

なぜ、リオと家族が財産をすべて奪われて殺されるのか?

 

なぜ、私は殺されるのか?

 

私は、当時の破壊された私の精神状態の説明は未だにできないのです。

 

しかし、私の心が、どういう過程で破壊されていったのか分析できるまで回復しました。

 

後に、山中博の洗脳能力と関連させ、私の精神破壊までのプロセスの分析を述べます。

 

恐怖に支配されていた私は、自殺の前後に妹にメッセージを送っていました。

 


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41. 恐怖で動けなかった2ヶ月間


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